ダブル ディー
W D







 突然のことに軽く驚きながらも、ディースはディーを片手で受け止めた。
「……何、らしくねぇツラしてんだ?」
 ディースを見上げた顔は今にも泣き出しそうだった。

「違いますからね」
「ぁん?」
「絶対、絶対違いますからね」
「何の話を」

 不意にディースはディーを突き放し、手に持った銃の引き鉄を引く。

「うっ!」
 次いで聞こえた呻き声に、ディーは我に返った。肩越しに首を巡らすと、男が右手を左手で押さえ、顔をしかめていた。

「ディー、大丈夫だった?」
 横から現れたリックを見て、ディーは反射的に頷いていた。
「私は――それより、リックこそ大丈夫ですか?」

 顔色も悪いし、ところどころ服に血が付いている。
「あぁ、平気。コレ、俺のじゃないし――」
 虚ろな笑みを返すリックに、ディーはおおよそのことを察した。
「あぁ……ディースは容赦ありませんからね――」

「……ディース、だと? まさか、お前は――」
 銃を取ろうとして先手を取られ、撃たれた男はディーの言葉に後ずさった。そして、たった今、自分の手から銃を弾き飛ばした者の顔を凝視した。

「よぉ、カール。お前が黒幕だったのか」
 ディースは笑いかけると、男は青い瞳を大きく見開いた。そして、狼狽の余り、無意識のうちに呻いて呟いた。
「死んでなかったのか……」

 ディースは喉を鳴らして笑った。
「勝手に殺すなよ」
「だが、生きているという情報は一切なかったはず……」
「こっちに何があると思ってんだ?」
 その瞬間、男――カールは弾かれたように叫んだ。

「『女神』か!」


 すべての情報を支配する原理。
 あらゆる情報が自ら動き、平伏する電脳空間の絶対的法則。
 それを持ってすれば、人間一人の生存の痕跡くらい容易に隠滅できる。


 そして、驚愕から立ち直ると、カールはディースを睨みつける。
「ディース、お前には『女神』は過ぎた代物だ。もっと、大きなことに使った方がいい。『女神』さえあれば、世界は大戦以前、いや、それ以上の発展を遂げる。それがアルノルドの望みだ」

 いきなり出た祖父の名にリックは息を呑む。

「アルが?」
「そうだ」
 次の瞬間、ディースは爆笑していた。
「あの野郎が、そんな大層なこと願うかよ。アイツの口癖知ってっか? 『世界平和なんて誇大妄想、人ひとり幸せにできれば良い方だ』、だぞ?」

 その言葉にディーはホッと安堵して涙を拭う。
 違うと分かっていたが、ディースに否定されることで、ようやくディーは落ち着きを取り戻した。

「ディース!!」
 思わず、カールは怒鳴っていた。しかし、彼にできたのはそれだけだった。ディースは笑いながらも、銃口をしっかり彼に向けており、動くことを許していなかった。
「そう、怒るなよ。俺は別に構わないんだぜ? アルが勝手に送りつけてきたんだからな」
「だったら、私に渡せ。そうしたら、見逃してやる」

 ディースはゆっくりと笑み、小さく呟く。
「見逃すねぇ……」
 そして、ディースは隣に立つディーを横目で見やった。
「だ、そうだが?」


「言ったはずですよ、私は貴方のものだと」


 ディースは軽く肩を竦め、視線をカールに戻した。
「だとよ。本人が嫌がってんだ、諦めな。コイツを怒らせると怖いぜ? 何せ、人でなしだから」
 最後の言葉にディーは不快そうに反論した。
「そういう言い方止めて下さいって何度言えばいいんですか」
「事実だろ」

 二人の会話を聞いていたカールとリックは目を剥き、絶句していた。
「……まさか」
 カールは掠れた声で呟き、ディーを凝視した。

 その視線を受け、ディーは微笑む。
 同じ容貌を持ったリックには決してできない清雅な微笑だった。



「私が、貴方が欲していた『女神』です」



「バカなっ!」
 即座の否定に、ディーは小首を傾げてディースに尋ねた。
「今のは私が『女神』自身であることに対してか、それとも、男の私が女神であることに対してか、どっちだと思います?」
 ディースは億劫に答えた。
「どっちだって構わねぇだろうが」

「『女神』は法則、原理だ。それが――人間型だと!?」
 茫然とカールは呟き続けた。
「ドールでも、それほどに人間に近く作ることなどできるはずがない!」

 ディーはわずかに柳眉をひそめた。
「『女神』である私が人形と同じであるはずがないでしょう?」
「お前は、一体何なんだ!? アルノルドは『何』を作ったのだっ!?」
 半ば恐慌状態に陥ったカールに、ディーは場違いなほどに優しい微笑みを浮かべた。


「私は、アルが遺した希望――見届ける者です」


「な、に……?」
 聞き返すカールに答えず、ディーはクスクスと笑うだけだった。
 そんな相棒を一瞥し、ディースはフンと鼻を鳴らし、カールを見やる。そして、銃を軽く動かしながら、カールに向かって物騒に微笑んだ。
「カール、ソコをどけ」

 壁に背を預け、カールがゆっくりと動くと、それに応じるようにディーが動いた。そして、ディーは椅子を避けて、机の正面に立ち、ちらりと視線をディースにやる。
 わずかにだが、ディースが頷くのを確認し、ディーは漆黒の球体に触れた。その瞬間、球体の表面に火花が走った。
「!」

 球体は膨張し、伸び上がると周囲に展開し、三枚のパネルへと変化した。それぞれが細かい正方形の集合体であり、その一枚一枚がコントロールキーとなっている。
 所有者しか認めないコンピュータがロックを解除したのだ。

 ディーはざっと目を通すと、迷いもなく操作を開始した。
 細い指先がキーパネルに触れるたび、光が点灯し、瞬く間にディーの正面に立体映像パネルが浮かび上がった。
 その画面の中を1と0の羅列が走っていく。

 それを見つめ、操作し続けながら、ディーは淡々と告げた。
「メインコンピュータ制御の主導権を確保。続いて、接続している他のコンピュータの制御を奪います」
 そして、わずかな沈黙が流れる。


「全ネットワークの制圧完了。制御下にあった、すべてのドールの機能停止を確認」


 静かな宣言に、カールは息を呑んだ。
 ディーの言葉は戦力の大半だったドールがこれで使い物にならなくなったことを示していた。
 不意に、ディースが喉を鳴らして笑う。

「さぁて、コレでお前の手札は減ったな」
 心底、楽しそうな声音に、カールはきつく唇を噛み締めた。

 そこに追い討ちをかけるようにディーの声が届く。
「『女神』に関する、すべての情報の検索及び消去を開始します」

 喉の奥で笑い、ディースは銃を持っていない手を軽く上げ、自分のこめかみを指先で叩いた。
「――後はお前のココだけだな」
 紛れもない死の宣告に、カールの顔が青ざめた。

「先に言っておくが、ココに来るまで俺に会った奴らは全員、一人残らず永眠済みだぜ? 残っている奴らで俺を止められるのかよ?」
 カールは青ざめた顔のままで、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「無理だろうな……。相手が『Death(死神)』では歯が立たん」

「相変わらず、お前たちは人の名前を間違えるな。俺の名はディースだぞ?」
「貴様には死神で充分だ。世界の異端児である貴様には――。だが」
 次の瞬間、カールは俊敏な動きでディーに向かって走り出した。

「あっ!」
 リックが思わず叫ぶと同時に、乾いた破裂音が連続して轟く。
 次いで、水飛沫の音がして、赤い雫がディーの白い頬を掠めて汚した。それに気付いて、ディーは操作する手を止めた。そして、柳眉をひそめ、咎める眼差しをディースに向けた。
「……ディース」
 銃口からわずかに硝煙を流れさせながら、ディースは軽く肩を竦めた。

 その時だった。


「これで――お前も、終わりだ……っ!」


 掠れた呻き声交じりの言葉に、一瞬、息を呑んで三人はカールを見る。
 口から血を溢れさせたカールの震える手がキーパネルの一つに触れた。

 その瞬間、部屋の照明が赤く変化し、耳障りな警報に鳴り響く。
「何、これっ!?」
 明らかに不穏な様子を伝える変化に、リックは叫んでいた。

「ディー!!」
 鋭いディースの声に弾かれ、ディーは一瞬視線を画面に走らせた。
「自爆システムが作動しています! 残り十分弱で爆破されます」
 そう言いながら、ディーはキーパネルの上で指を閃かし、目にも止まらない速さで操作する。

「さっさと止めろ」
 低い命令に頷こうとして、ディーは不意にぴたりと操作する手を止め、顔を上げた。
「ディース……」
 少し困惑した表情で見られ、ディースは眉をひそめた。
「どうした?」

「少々、厄介なことになりました」
「何だ?」
「自爆システムはここのコンピュータに接続されていません。というか、自爆装置自体がこの建物には存在していません」
 わずかな沈黙の後、ディースの顔が歪んだ。
「……何?」

「代わりに、軌道衛星上の攻撃衛星がここを標的として捕捉、攻撃準備に入っています」
「分かり易く言えッ!」
 怒鳴られても、ディーは怯まず、淡々と告げた。
「ここから特殊波動が発進されています。それを攻撃対象として衛星は認識。どうやら、事前にそういうプログラムが衛星に組み込まれていたようですね」
「完全に制圧したんじゃなかったのか?」
 憤りを滲ませた低い声に、ディーは小さく嘆息した。

「スイッチを入れて発信するだけの単純なプログラムだったから凍結する必要性をないと判断してしまったんです――」
 検索をかけた時、障害となりそうなプログラムは一通り凍結し、作動しないように手は打っていたのだが。
 そして、ディーは何故か微笑んだ。
「それに、今、ここを狙っている衛星、どこのだと思います?」
 ディースの返事を待たず、ディーは続けた。


「中央政府所属の衛星ですよ」


 次の瞬間、ディースは難しい表情になる。スコープに隠されていても、その双眸が剣呑になっているのが分かった。
「え、え、えぇ!? そ、それって、どういうことだよ!?」
 理解できず、混乱するリックに同じ顔をした青年は微笑みを浮かべて静かに言った。
「つまり、中央政府のメインコンピュータに管理されている衛星がここを狙っているってことです」
 その言葉を理解した瞬間、リックは間抜けなほど大きな口を上げて叫んでいた。


「ええええええ――――ッ!!」


 驚愕の声を聞きながら、ディーは苦笑した。
 リックが驚くのも無理もない。

 大戦以後、興亡を繰り返す国の大半は独自の衛星を持つ。多くが気象衛星だが、同時に地上を攻撃する殺人衛星を兼ねているものも多い。それらは各国のメインコンピュータに管理されている。そのため、メインコンピュータのセキュリティは尋常ではない。中でも、戦前の科学技術をほぼ完全に掌握している中央政府のメインコンピュータは最も多くの衛星を抱えている。
 事実上、中央政府のメインコンピュータは難攻不落、絶対のセキュリティを誇っていた。
 衛星の攻撃を止めるにはそのセキュリティを破った上で、衛星のコンピュータにアクセスしなければならないということだ。

「甘く見ていました。カール・ハーベットは中央政府の情報部を退役した後、軍需企業を設立。中央政府最新の攻撃衛星の開発にも関与しています。おそらく、その時に攻撃プログラムを仕掛けたのでしょう」
 画面上に出したカールの情報を見て告げると、ディーは沈黙しているディースを見やった。
「今の私では間に合いません」

 その視線に、ディースは面倒臭そうに鼻を鳴らして言った。
「分かったから、さっさと行ってこい」
 ディーはふわりと柔らかに微笑むと、双眸を閉じた。その瞬間、ディーの姿がぶれて、その輪郭が変化していく。


「ディー!?」


 リックの呼びかけに、にっこりと笑って応えたのは美しい女性だった。

 癖のない、腰まで届く長い漆黒の髪、疵一つない白磁の肌、華奢な体、形の良い薔薇色の唇、柔らかさと同時に鋭さも帯びた銀色の瞳。少女とも女ともどちらとも言えない微妙な年頃と雰囲気。

 唯一、変わらなかった衣服がディーであることをリックに理解させた。


「Data Influence Voluntary Axiom」


 不意に女性が謳うように言った言葉に、リックは驚いた。


「情報誘導自発原理。それが、この私――ディーヴァよ」

 ディーヴァ――それは女神を意味する言葉。


「改めて、初めまして、リック。私は貴方の祖父アルノルド・ウェインによって創られた存在。その願いを叶え、望みを見届ける者」


 自らを女神と名乗った存在は悪戯めいた笑みで続けた。
「そして、ディースの相棒」
「な、何で……どういうことだよ!?」
「それは」

「説明は後にしろ。死にたいのか?」
 ディースの言葉にリックは我に返った。
 女神は淡く笑った。

「じゃあ、行くわね」
 その瞬間だった。彼女の体がうっすらと白く発光したかと思うと、その輝きは正面にあったコンピュータをも包み込む。
「!?」
 長い睫の向こう、薄く伏せられた銀の瞳は紫色へと変化していた。


 静かに佇むその姿はまさに女神。
 人間の持ち得ぬ色を宿し、超然と存在する者。


 その神秘的な美しさにリックはただ見惚れて立ち尽くすしかなかった。



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