ダブル ディー
W D







 爆発で生じた煙が収まらないうちに、ディースはその内へと飛び込む。
「何だ、これはっ!?」
 見張りらしき男の声はすぐに呻きに変わり、床に倒れる重い音が二回続いた。

 ようやく周囲に落ち着きが始め、リックは腕を下ろした。そして、見た光景に絶句する。
 そこには無言で二人の男を足蹴にして、武器を奪い取っているディースの姿があった。
 見張りの男たちは完全に昏倒している。

「とりあえず、武器は手に入ったな」
 その呟きにリックは我に返った。
「あ、ああああ、あの?」
「――何だ?」

 ディースはちらりとリックを見て問い掛けた。スコープ越しだというのに、その眼差しの強さは変わらず、リックは怖気付きかけるが、自分を叱咤して疑問を口にした。
「え、ええええと。武器は全部、取られてませんでしたっけ?」

 その瞬間、ディースはかすかに苦々しそうに口元を歪めた。
「ディーから受け取った」
「え? でも、いつ」
 問い掛けようとして、ふとリックは気付いた。

(も、もしかして、さっきのアレ?)

 ついついキスの方ばかり目が行ってしまっていたが、あの時、ディーはディースの首に腕を回す振りをして、あの爆弾を渡していたのか。
「アイツは無抵抗だったからな。ボディチェックも大したもんじゃねぇ。あの程度なら隠し持てる」

 ディースの言葉を聞きながら、リックは納得した。
(あ、それで抵抗できなかったと……)
 ディースの言葉の意味をようやく知り、リックは思わず安堵の溜め息を吐いた。
 そういう事情があったのだ。あのキスにそれ以上の意味などない。

(あ〜、良かった)

 妙に安堵するリックを横目に見ながら、ディースは軽く簡易スコープの操作した。小さな電子音がして、スコープの画面に地図らしきものと赤く点滅する一点が表示される。
「あっちか」
 そう呟くと、ディースは歩き出した。

「へ? あの、どこ行くんですか?」
 床の上に転がっている見張りの体を避けて慌てて追いかけながらリックは尋ねた。

 ディースは手に持った大型の銃の安全装置を外して短く答えた。
「バカのいるところだ」
 その瞬間、ディースは銃口をリックの方に向けた。


「っ!」


 思わず硬直し、リックが立ち止まると同時にディースは引き鉄を引いた。
 鼓膜を震わす、乾いた音が鳴る。

「ぐあっ!」
 次いで背後から聞こえた低い悲鳴にリックは我に返って振り返った。
 その目に飛び込んできたのは撃たれた衝撃で後方に弾き飛ばされ、倒れる男の姿だった。


 床に落ちる銃と飛び散る血。


 無駄な装飾のない白い壁を赤い飛沫が染め上げる。

 武装した姿は見張りの者と同じもの。

「……え、と?」
 状況が把握できず固まるリックの腕をディースは空いていた手で乱暴に掴み、引き寄せる。同時に再び引き鉄を連続して引いた。
 倒れた男の後ろから現れた男がまともに受けて血反吐を吐きながら倒れた。


「何、ボサっとしている。死にたいのか」


 低い問いに半ば条件反射的にリックは大きく首を横に振った。

 青ざめているのは直視してしまった『死』に対する恐怖だけでなく、それを容易く行なってしまった男にも感じた恐怖のせいでもあった。
 それを見下ろし、ディースは無言でリックの腕から手を離した。そして再び歩き出した。
 その後に従いながらリックは気付かれないように溜め息を吐いた。
(こ、怖いぃ……)
 迫力が有りすぎる。

 曲がり角に当たり、そこを曲がろうとした瞬間、ディースは素早く壁に隠れる。その瞬間、向こう側から銃弾が乱射された。
「……うざってぇな」
 そう呟くと同時に、ディースは銃撃の間隙を縫ってその身を晒した。
 わずかに一回の銃声が響く。

 次の瞬間、敵が潜んでいた向こうで爆音がした。

「ど、どうして!?」
 何が起こったのか一瞬分からなかった。
 躊躇せずに進んでいくディースを追い、思わず視界に入った光景にリックは吐き気を覚えた。
「ぐ……」

 赤く濡れた床には肉塊が散乱していた。
 一人は腰の辺りから四肢を引き裂かれるようにして横たわり、もう一人は爆風で壁に打ち付けられたのか血の痕を残して全身から血を滴らせていた。
 何かが爆発したのだ。そして、そのキッカケを与えたのはディースの撃った一発の銃弾。
 不意に、転がっている男の大きく見開かれた目と視線が合ってしまい、リックはぶるぶると震え出した。


 テレビ画面で見た映像ではなかった噎せ返るような血臭。


(これが現実……っ!)
 その瞬間、再び銃声が届く。
 我に返り、ディースを見やると、彼は空になった銃を捨て、たった今、自分が殺した男を足で転がして携帯していた武器を奪い取っていた。

「な、何で」
「ぁん?」
「何で、あんたは平気なんだよ!?」
 リックは乱れる感情のままにディースに叫んだ。
「何で、そんな風に人を殺せるんだ!?」

 投げつけられた疑問にディースは冷笑を浮かべた。
「それが俺の仕事だ」
「だからって……!」
 クッと低く笑って、ディースは続けた。
「あのな、奴らは俺たちを殺そうとしてんだぜ? お互い様だろ」
 それでも、リックは食い下がった。

「でも、こんなの……ディーだって」
 きっと望んでないはずだ。
 そう続けようとしたリックにディースは皮肉げな笑みを口端に浮かべる。
「あぁ、そうだな。アイツなら、もっと綺麗に殺ってるか」
「!?」

「アイツがその気になれば、ここの連中なんざ一瞬で消えてるだろうさ」
「そんな……」
 眉をひそめるリックを嘲笑うように見つめ、ディースは再び歩き出す。


「何せ、アイツは人でなしだからな」


■     ■     ■



「入れ」
 銃で背を押すようにして促されたディーは一人でその部屋に入った。
「?」

 部屋は真っ暗だった。
 何があるのか分からない状況に、ディーが警戒して、その場に佇んでいると、不意に照明が点いて一脚の椅子を照らし出された。

「まずは座りたまえ」
 低い落ち着いた男の声が威圧的に命じた。  ディーは銀色の双眸をわずかにひそめ、声がどこから届いたのかを探りながら椅子に座った。

 その瞬間、ちょうどディーの真向かいにも照明が点いて、一人の男を照らし出した。
 綺麗に撫でつけた灰色の髪。鋭い眼光の青い瞳の初老の男。
 ゆったりとした椅子に座り、前にある机に腕を置いた姿は緊張感を強いる空気を醸し出していた。

 ディーの顔を見て、男は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ようこそ、手荒な真似をして済まなかったね」
 しかし、それでディーの警戒がなくなるはずもない。
「……」
 無言で睨むディーに、男は苦笑を浮かべた。

「そんなに警戒しなくてもいい。私の望むものを素直に渡してくれば、すぐにでも解放しよう」
「――名乗りも上げない人間を信用しろというのは無理があると思いませんか?」
 ディーは無表情で突き放した。
 男は気にした風もなく、微笑みを浮かべた。しかし、一瞬、青い瞳に剣呑な光が閃いたことをディーは見逃さなかった。

「……さすが、Dr.ウェインの血を引くだけはあるな。だが、少しは自分の置かれている立場をもっと理解してはどうだね?」
 ディーは婉然と笑った。
「これでも、理解はしていますよ。貴方に私は殺せない――今はまだ」
 男は小さな溜め息を吐く。
「そう、確かに。だが、君の仲間は違う。それについてはどう考えているのかな?」
 男はちらりと視線を横にやった。

 机の右部分に小さな漆黒の球体が宙に浮いて、クルクルと回っている。
 それは最新のコンピュータ機械だった。そこに手を当てることにより所有者の遺伝子を記憶し、所有者のみが使うことができる特注物だ。
 それを通じて、男はこの部屋から命令を出しているのだろう。

 男の視線は再びディーに注がれた。
 その気になれば、ディースたちの命を保障しないと言外に告げられているのが分かった。
 その試すような眼差しに、ディーは不快感を覚え、柳眉をひそめる。

(嫌な感じだ……)

 周囲の暗闇が、忘れてはならない、否、忘れるはずのない過去を刺激する。



『君にすべてを託そう』



「――私の答えなど意味はないでしょう」
 答えてディーは男を見据えた。
「私は確かに貴方の知りたい情報を持っています。ですが、それを貴方に委ねる必要性がどこにありますか?」



『私の望みを叶えて欲しい。彼には必要だから』



「必要性?」
「そう、必要性です」
 しばし、男は真剣に尋ねてくるディーを凝視して、そして鼻で笑った。
「あるとも。私なら有意義に且つ効果的に使うことができる」

「貴方は、『女神』を何だと考えているのです?」

 少しずつディーの声音に冷ややかさが増していく。
 男は薄く笑うと、青い双眸を細めて聞き返した。
「それは私が君に尋ねたいことだな。君こそ、『女神』を何だと思っているのだ? ただ、所有するだけでは意味がないのだよ? 使ってこそ『女神』は『女神』たるのだから」
「……貴方は何も分かっていない。『女神』は使うものじゃない」
「いいや、違わん!」

 強く机を叩いて男は立ち上がった。
「いいか、『女神』とは君の祖父アルノルドが発見した『情報誘導自発原理』のことだ。これがあれば、どんなコンピュータも意のままに操作できる。今も尚、大戦の余波で乱れて、統一性のない世界を争わずして平和にすることだって可能なんだ!」

 中央政府及び大戦以後に大都市から確立した各国には大型のコンピュータが存在し、それによって各機構が動いている。最終決定権は人間が持っているが、その日々の生活にはコンピュータによるものが大きい。
 つまり、そのコンピュータを破壊もしくは制圧すれば、その国は墜ちたも同然なのだ。

「それを求めてアルノルドは研究していたのだよ!?」
 感情的に論ずる男に、ディーはかぶりを振った。
「……違う。そうじゃない」
 何故か息苦しかった。
 銀色の瞳がわずかに潤み始める。



 暗闇に包まれた部屋の中、その銀色の眼差しだけがいつも穏やかで、優しかった。

『もう、大丈夫だね……』

 その声音に混じった愁いを感じ取り、問いかける。

『何も心配しなくていいよ。だから、約束して欲しい。必ず、彼に会って、私の心を伝えると』

 心を持ち運べるはずがないと告げると、彼は微笑んだ。

『大丈夫だよ、ここに――そう、ここに在るから。……さあ、行きなさい』

 その言葉に戸惑いを感じた。

『私の望みを叶えて欲しいんだ』

 そして、彼はわざと明るい笑みを浮かべた。

『彼はずっと私の言葉を否定していた。それは真実で、どうしようもないことだったけど、私はずっと覆したかったんだよ。それが、ようやく叶いそうなんだ。見届けてくれるね?』

 頷くしかなかった。



 過去を振り切るようにディーは叫んだ。


「そんなことのために『女神』は存在しているんじゃないっ!」


 不意に、男の手元の球体コンピュータが赤い光を放った。同時に、そこから切羽詰った声が流れた。

「会長っ! 白い死神が――ッ!!」
 その瞬間だった。
 突然、轟く爆音。
 そして、暗闇に光が差し込み、部屋の照明が一斉に灯る。

「っ!?」

 驚く男とは対照的にディーは椅子を倒す勢いで立ち上がり、光の元へと駆け出す。そして、そこから現れた白髪に黒衣の人影に向かって腕を伸ばし、抱きついた。



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