「う、く……ッ!!」
 低い、熱を帯びた呻き声。
「――苦しいかい?」
「は……馬鹿なことを言うな!!」
 嘲笑うように否定の言葉を紡いだ直後、彼女の体は軋んだ。
「意地っ張りだね」
 かすかに笑い、彼は呆れた様子で彼女を見下ろした。
「辛いなら、止めようか?」
「何を今更。止めて、それで、どうしろと?」
 秀麗な顔に汗を滲ませ、彼女は喉の奥で笑った。
 びくりと大きく反り返る華奢な体。
 彼は思わず感嘆の溜め息を零す。
「正に、『羽化する天使』と言ったところかな……」
 白い、汗ばんだ背に刻まれた二筋の傷。
 その箇所から光が零れ、純白の翼が生まれ出でようとしていた。
「化け物、の間違いじゃないのか――?」
 眉間に皺を寄せ、苦痛を受け止めている彼女は美しかった。
(このまま組み伏せてしまいたいかな)
 ちらりと過ぎった彼の邪な思いを鋭く察したのか、彼女の氷の瞳が剣呑さを増す。
「今、何を、考えた?」
 彼は笑って躱した。
「……お前など用が済めば、縊り殺してやる」
 物騒な物言いに、彼は苦笑する。
「いつ、その用は終わるんだい?」
 ゆっくりと片膝を着き、彼は彼女と視線を合わせた。
「君には僕が必要だ。そうだろう? その『力』は、まだ君のものじゃない」
 彼女の体を変化させていく、力。
 それは彼女が欲し、彼が与えたもの。
(純白の翼だなんて、君の本質が綺麗なモノである証だね)
 同じ力を持つ彼の背には漆黒の翼が潜んでいる。
「じきに私の物だ……!!」
 唸るような宣言。
(ゾクゾクするな)
 射抜くような眼差しも、激情そのままの言葉も、彼の独占欲を駆り立てる彼女の魅力に過ぎない。
「ねぇ」
 白い額に張り付いた黒髪を彼は優しく払う。
「何、だ?」
 熱い吐息交じりの声はひどく艶めいて聞こえた。
「僕が『愛している』って言ったら、信じる?」


「ぶっ殺す」


 次の瞬間、彼は弾けるように笑い出す。
 あまりにも彼女らしい返事に、爽快感さえ覚えていた。
「……分かった。言わないよ、絶対に言わない」
 睦言に似た囁き。
 それをどう受け止めたのか、彼女の柳眉がひそめられた。
 その瞬間。
「あ、っく……ッ!!」
 彼女の体が大きく跳ね、一気に純白の翼が広がる。

 その優美な姿はまるで白い鳥のようだった。
 たおやかな、白鷺ような。

 光の粒子を纏い、淡く輝く羽根が舞い散る。
 ふわり、ふわり、と幻想そのものの印象。
 だが、熱を帯びた自らの体を抱く彼女は鮮烈な、現実。
 それまでの現実が幻想となり、幻想が現実となる、その瞬間。

(奇跡、というヤツかな)

 そして、肩で息をする彼女に彼は悠然と微笑みかけた。


「ようこそ、人ではない者の世界へ――」







032:鍵穴     034:手を繋ぐ

100問 Top

Novel Top






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送