こつりと足の爪先が何かを引っ掛けた。
 何気なく、視線をやり、拾いあげたそれは焼け焦げた丸いコイン。
 くるりと裏を見れば、三つの尖塔の意匠が刻まれている。
 そして、彼はゆっくりと視線を上げた。

 その先には瓦解した建物の無残な姿。

 辛うじて形を残す建物の輪郭をなぞるように眺めると、それがコインに刻まれた尖塔と同じであることが見て取れた。


「……残念」


 ぽつりと無感動に呟き、彼は周囲を見回した。


「ちょっと出遅れちゃったか」


 辺りはまるで業火に焼かれたかのような風景が広がっていた。
 わずかに残る街並もかつての繁栄は影もなく、ただ空虚な静寂を纏い、朽ち果てていくばかり。
 さほど強くない風に吹かれ、砂塵と化した残骸が崩れていく。


 彼が立つ地は優れた文化と技術で富んだ街だった。
 人々は自らの欲求を満たさんがために時と労力を費やし、その成果を上げてきた。
 だが、数々の成果に彼らは満足せず、更なる躍進を望んだ。

 その行き着く果てが、この破壊。


 軽くコインを放り投げて受け止めると、彼は視線を泳がした。
 そして、崩れかけた壁に残るひしゃげた長方形の物体を見つけて、小さく笑った。


「……ラッキー」


 道に横たわる瓦礫の上を身軽に跳ねるような動きで彼は歩いた。
 鼻歌交じりに長方形の物体に近づき、コインを細い横穴に入れる。

 次の瞬間、赤い点灯が一斉に付いた。

 それと同時に彼は、本来あるはずの表示が完全に黒焦げになって分からないことに気づく。
(あー、もう、どれがどれだか分かんないな)
 見本が並んでいたはずのガラスケースはひび割れてよく見えない上に、中の見本も倒れたり、潰れたりしていて意味がない。
(ま、いいや、適当で)
 点灯している一つを選び、彼は軽く押した。
 ガタガタと内部で何か動く音がして、唐突に下部の取り口に細長い缶が落ちてくる。
「コレ、結構僕は好きだったんだけどなあ、単純で……」
 呟きながら、缶を拾い上げ、彼はその封を開けた。
 中身を一口飲んで、小さく微笑する。
「うん、イケる」
 そして、彼は遠くに見える崩れた尖塔に向かって、軽く缶を掲げた。




「最後の夜に、乾杯」




 たった一夜で滅んだ国の末路を見届ける青年は柔らかな微笑みを浮かべていた。










030:通勤電車     032:鍵穴

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