一面に咲く黄色い花を綺麗だと素直を思った。 そう感じることができる自分に彼女は小さな驚きを覚えていた。 生まれ育った地を離れてから色々な光景を見てきた。 そのどれもが、目の前にあるのに、まるで別世界のように感じていた。 それまで見たことがなかったからということではない。 ただ、その光景に彼女自身が馴染むことができないでいるだけだった。 かつては無力な娘でしかなかった。 それゆえ、大切な姉を失った――否、奪われた。 脳裏に刻まれた赤い悪夢。 今も彼女を苛む夜がある。 眠れない夜を重ねていくたび、彼女の心は麻痺し、怒りと憎しみに侵食されていく。 けれど、今、広がっている明るい色彩の光景を彼女の心は受け入れていた。 菜の花。 (……あぁ、そうか。春、なんだ) 少し意識を傾ければ、日差しの暖かさも、緑の匂いも、風の柔らかさも、季節が春であることを示している。 気付かなかった。 もう、そんな季節になっていたなんて。 鮮やかな緑と華やかな黄色。 花から花へと飛び移っていく蝶と蜜蜂。 のどかだった。 泣きたくなるほど、穏やかな時間が流れていた。 「私が」 「うん?」 背後から聞き返してくる声に悪意はなかった。 だから、彼女は素直に問うことができた。 「私が、神を殺したら、この光景は消えてしまうのか?」 この世界の創造主である神を滅ぼす。 彼女からすべてを奪った存在に復讐をする。 そのために彼女は『人間』であることを捨てた。 「……ふうん?」 意味深な反応に、彼女は振り返った。 木陰を作る木の幹に、一人の青年が凭れかかっていた。 影が落ちた淡い金色の髪は琥珀に似て、鮮やかな翠の瞳はどこか魔的な深みが揺らいでいた。 この心休まる穏やかな光景の中の異質な存在。 「何だ、その顔は」 「いや〜?」 くすくすと青年は束の間笑うと、翠の双眸を細めて答えた。 「確かに『神』はこの世界の創造主だけどね、その存在がなくなったから、世界が滅ぶことなんてないよ。僕が保障する」 「……」 「あ、疑ってる」 「――日頃の行いを振り返るといい」 素直に信じれる訳がない。 「……じゃあ、どうして聞くかな〜」 その返答に、彼女はむすりと表情を歪めた。 まるで子どもが拗ねるような仕草に、青年が楽しそうに微笑む。 「お前なら、答えを持っている」 「うん?」 「だが、正直に答えるとは思わないだけだ」 青年の顔が一瞬虚を突かれたような表情になる。次いで、盛大に吹き出した。 「は……ははっ!」 「何がおかしい!!」 「おかしいよ! 絶対おかしい!! 君こそ、どうして今日は素直なのさ?」 目尻に滲んだ涙を拭いながら、青年は彼女の側に近づいた。 そして、押さえ切れない笑いに肩を震わせつつ、優しい眼差しを向けた。 「ホントだよ。『神』が消えても、今存在するものが消えることなんてない。君が望むなら、世界は存在し続けるよ」 その言葉に何か引っかかるものがあった。 「……どういう意味だ?」 青年は静かに笑った。 「そのままの意味だよ」 「――」 彼女は沈黙を守り、探るような眼差しを向けた。 「僕の力を得た君の望みは『神』を滅ぼすことだろ。違う?」 優しい手つきで青年が彼女の黒髪を梳く。 そして、そのまま一房を掬い取ると、そっとくちづけた。 「それとも、世界も壊す?」 くすくすと笑う声に潜むものに、彼女は柳眉をひそめた。 「バカなことを言うな」 一言突き放すように言い放つと同時に、彼女は勢いよく青年の手を振り払った。 「何故、私がそんなことを望まなければならない?」 彼女はもう一度黄色い花畑に視線を向けた。 そして、しばらくの間、眺めた後、再び彼女は歩き出した。 残された青年はくすくすと密やかに笑いながら、遠ざかっていく彼女の背を見つめた。 「ホントに大丈夫だよ。君が望むなら……世界は守れるんだから」 |
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