世界。
 世界を構成するもの――時間と空間。
 世界に彩りを与えるもの――起こり得るすべての万象。

 世界を創造したのは『神』と呼ばれる存在。


 かの存在は光を創り、影を創った。
 かの存在は生ある存在を創り、死ある存在を創った。

 かの存在は不変の理を創り、変容の律を創った。



 『世界』のすべてが『神』の手に因るもの。





「さて、ここで問題です。それでは、『神』はどこから来たのでしょう?」


 にっこりと微笑み、青年は目の前の――否、大地に倒れ伏している者に問い掛けた。

「な、にを……」

 答える声は奇妙にくぐもっていた。

「何って、素朴な疑問だよ」

 ひょいと腰を屈め、青年は相手と視線を合わせた。

「ねえ、答えてよ。そしたら、見逃してあげてもいいよ?」

 屈託なく笑いかける青年と対照的に相手の顔が歪んだ。

 それは青年の言葉のせいだったのか、それとも、全身にかかる負荷のせいだったのか。

 砂に塗れた長い金色の髪から不自然に広がっているのは純白の翼。
 大地に押し付けられている手には白銀の剣。


 『神』に手によって創られた最たる存在。
 天空を駆けることを許された、『神』の忠実なる僕。


 天より地に至る、真白き使い――『天使』。


 不意に、軋む音が天使の表情を更に歪めさせた。

「あらら、片羽が折れちゃった……。痛い?」

 青年の問いに対する答えは苦痛の呻き。


 やれやれと肩を竦めて、青年は立ち上がった。


「君たちも痛みは感じるくせに、『神』の命令となれば、その痛みさえ殺せるんだから、ホント、バカだよねぇ」


 そして、青年はゆっくりと周囲を見回した。


 沈む夕陽を受けて、長い影を落とす傾いた十字架たち。
 否、それは刃が欠けた剣だ。

 戦場、ではない。

 あれは一方的な殺戮だった。
 『神』の名による粛清。


 彼らの長が魔物の娘と恋に落ちたのは奇跡か、災いか。
 長い時間をかけて、理解を深めた長の周囲の人々は魔物の娘を受け入れた。

 そして――生まれ出でる新たな命。


 それを抹消するために、天使は遣わされたのだ。


(どっちにしろ、同じだろうに)


 人も魔物も天使も、神が想像したもの。
 しかし、彼らが交わることを神は禁じ、不変の理とした。

 それゆえに、彼らは滅ぼされたのだ。


 罪と断じられたのではなく、ただ『理』というルールを破った事実によって、『世界』から抹消された。


 剣を取った者も、戦うことを知らぬ者も、すべて砂に埋もれていく。
 いずれは時の流れに、彼らという存在があったことさえ消えてしまうのだろう。

 それが、不変の理であるがゆえに。


 不意に彼は詩でも吟ずるかのように呟き出す。


「神は『創造する存在』。天使は『律する存在』。魔物は『反する存在』。人間は『変容する存在』」

 再び、眼下に天使の姿を映し、青年はやんわりと微笑んだ。


「この世界に僕の欲しいものは、ない」


 青年の望むものは唯一のもの。
 『神』の手の内で育まれたものに興味はない。


「そもそも、この『世界』そのものが『神』の物なら、あるはずがないんだ」




 ひしゃげる音がして、大地が血に染まる。

 遅れて小さく舞うのは白い光。

 儚く消えていく光に照らされた青年の顔には暗い冷笑が浮かんでいた。




「僕は、僕が望む『世界』を創ってみよう」




 それが、どんな形になろうとも。










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