「だーかーら、僕が言ったでしょ?」 どこか諭すような響きが彼女の心を更に苛立たせた。 「煩い」 短く言い放って、思いっ切り顔を背けると、わざとらしい溜め息の気配がした。 「39℃の熱、完全に風邪だね」 わざわざ言われなくても分かっている。 瞼は熱いし、視界は不安定だし、頭はくらくらしていた。 そのうえ、喉も痛い。 朝から、まともな食事や飲み水さえ口にするのが辛かった。 「傘も差さず、雨の中にいるから……」 困ったような呟きに、彼女は反射的に顔を向けた。 「だ」 誰のせいだ。 しかし、言葉は途中で消え、変わりに咳が零れた。 「あーあ、もう、ほら、落ち着いて」 彼女の背を撫でる青年は何故か嬉しそうだ。 (こいつ……!) そもそも、彼女が風邪をひく発端は青年にあった。 夜になって雨が降り出しても帰ってこない青年を、つい、うっかり心配して彼女は探しに行ってしまったのだ。 青年は人の気配の消えた通りで、何をする訳でもなく、空を見上げるような感じで立っていた。 雨に濡れた量も時間も、彼女より青年の方が多い。 だが、彼女より青年の方が『人間』でない時間が余程多かった。 (何故、私だけ、こんな目に合うんだ!?) 無意識のうちに、彼女は恨めしそうに睨んでいた。 それに気付いて青年は苦笑する。 「その表情、すっごく凶悪なんだけど、気付いてないでしょ?」 訳の分からないことを呟きながら、彼女の心中を察している青年は続けた。 「君は、まだ人間だった時の感覚が残っているからね、雨に打たれて冷えれば風邪になるだろうと無意識に思ってる。だから、熱が出て風邪になった」 淡々と、まるで年長者が子どもに言い聞かすような口調。 「せめて、雨を弾く結界くらい構成できるように修行しなくちゃね〜。君ってば、大技の力技ばかりで豪快だし」 「……ッ!」 反論したいのに、反論できない。 それどころか、反論する気力さえ失われつつあった。 (いっそ、力づくで黙らせるか) しかし。 「あ、この不安定な状況で力を使うと、暴発するから禁止ね」 青年は軽く言い放つと同時に、熱のある彼女の額にくちづける。 「っ!!」 先手を打たれて力を封じられたことに対する怒りか、その行為自体に対する羞恥か、それとも風邪による熱か。 ともかく、一気に頭に血が上った彼女は強く青年を振り払う。 そのまま、殴ってやろうと腕を上げた瞬間。 「あ、風邪薬とかは効かないだろうから、コレ、薬代わりね」 易々と彼女の腕を掴み取り、青年は逆に引き寄せた。 抗い切れず、熱に弱った彼女の体は青年の方へと傾く。 そして、唇には冷たい感触。 「――――ッ!!」 次いで、滑り込んでくる何か。 咄嗟に押し退けて、彼女は口元を抑えた。 「ななななな、貴様っ!!」 清涼感を伴う、薄荷の甘さ。 痛んだ喉を冷やして、潤す小さな粒。 しっかり彼女から距離を取って、後ろ手でドアノブに手をかけた青年はにっこりと臆面もなく微笑み、言ってのけた。 「お大事に」 数秒後、青年の去った部屋で怒号を撒き散らす彼女の手元には喉飴が入った小袋が残されていた。 |
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