「今日はさ〜、いい天気だよね〜」 正面にはニコニコと満面の笑顔。 対する彼女の顔は仏頂面もいいところで、愛想のかけらもない。 無言で、テーブルに並べられた朝食のサラダをつつき、機械的に口に運んでいる。 「こういう日は、やっぱ、外に出かけるべきだよ」 そして、青年はニッコリと微笑み、彼女の反応を窺った。 しかし、返答は冷ややかな眼差し。 「相変わらず、寝起きが悪いんだね〜」 (違う) 心の中で彼女は力いっぱい否定した。 寝起きはいい方だ。 悪かったのは今はもういない彼女の姉の方で、毎朝、姉を起こすのは彼女の役目だった。 しかし、そんなことを反論してみても、徒労に終わることはすでに経験済みである。 余計な会話をして朝から疲れたくない。 だから、彼女は無言を守っていた。それでも、急降下していく気分はどうしようもなかった。 自然と表情は強張り、見返す眼差しは剣呑になっていく。 穏やかな朝の始まりのはずが、二人の周囲だけ奇妙な空気が固まっていることに、他の泊り客は緊張の色を隠せずにいた。 ひたすら沈黙の彼女。 ひたすら話し掛け続ける青年。 屈託なく微笑みかける姿は、すでに恐ろしいとさえ言えた。 ふっと小さな息を吐き、彼女は頂点を極めようとする苛立ちを収めようと努めた。 「どうしたの、また嫌な夢でも見た?」 気遣わしげな表情が、鬱陶しい。 (ああ、もう、本当に、どうしてくれようか) このまま、ばっさり切れるものなら縁を切ってしまいたい。 可能というなら、さっくり殺してしまっていいだろう。 (きっと、清々するだろうな……) しかし、現実はそう上手くはいかない。 目の前の青年は今の彼女にとって必要な導き手。 今の彼女の生きる目的を果たすために不可欠な、存在。 ……だが。 何事にも限界というものがある。 彼女は場の雰囲気も弁えず、自分の都合の良いように捉えて、話を繰り広げる青年を怒鳴りつけたい衝動に駆られた。 ふと、彼女の視線が足元に置かれた荷物に止まった。 (確か……アレが、まだあったはず――) ちらりと気付かれないように青年の顔を見ると、相手は相変わらず話すのに夢中だった。 そして、話の内容が、かなり不本意な展開で進んでいるのに彼女は唇を噛み締めた。 「だから、僕としては、もうちょっと頑張って食べて欲しい訳だ。いくら朝が弱いからサラダだけなんてダメだよ?」 (食欲がなくなるのは誰のせいだと思っている) 「いやね、そりゃ体質の問題から食べれないというのも分かるよ。けれど、健康のためだ」 (精神安定上の問題の間違いだ) 「それにね〜、やっぱ、抱き心地がね〜」 (何の話だ、何の!?) そして、彼女はついに行動に出た。 荷物の中に手を突っ込み、目的の物を掴み取る。 「せめて」 べり。 青年の言葉は唐突に封じられた。 「!?」 中途半端に開いた口を塞ぐように覆っている粘着質の物体。 ふっと薄く笑い、彼女は次の行動に移った。 左手に持った本体から右手で、その先を引っ張り、青年を木製の椅子ごとぐるぐると巻きつけた。 「ふが!? ふががっ!?」 何重にも巻きつけ、すっかり青年の体が茶色いもので覆われるのを確認して、彼女はほっと胸を撫で下ろした。 そして、先ほどとは打って変わった晴れやかな笑顔で席に戻る。 ふと周囲を見やれば、あっけに取られた客たちと視線が合った。 しかし、そこで動じるような彼女ではなかった。 「……何か?」 不思議そうに尋ねると、一斉に彼らは首を振り、食事を再開する。 「?」 軽く小首を傾げ、彼女も自身の食事を再開した。 (上手くいって良かった) 本来なら、青年にとって、この程度の束縛は意味がない。 だが、ここは人の目がある。 その気になれば、気にするような性格ではないが、今はまだ目立つ行動を避けた方がいいのは青年の方がよく理解しているはずだ。 そして、彼女はテーブルの上の荷造りに使ったもの――ガムテープを見てくすりと微笑んだ。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||