それは小さな楽器だった。 手のひら程度の大きさの古びた楽器。 足元に転がっている黒く汚れた楽器を拾い上げ、彼女はゆっくりと周囲を見回した。 そこは廃墟だった。 すべての建物が原型を留めず、屋根も壁も崩れ、灰が世界を包み込んでいた。 「……何故……」 思わず、彼女の唇から呟きが零れた。 そして、彼女は唇を噛み締め、手の中の楽器を握り締める。 「――――こんな、ことが、どうして」 許されるのだろう。 否、許すのだろう、『神』と呼ばれる存在は。 黒い、人の形をしたモノから、叫びが聴こえた。 襲い来る恐怖に怯えて、ただ救いを求める声が、聴こえた。 自らを滅ぼす者が、救いを求める『神』の尖兵であることに気づかず。 「何故だ、何故、神は彼らを滅ぼした?」 問いは崩れ落ちた教会の屋根に腰掛ける青年に向けられていた。 青年は軽く肩を竦めた。 「都合が悪かったから、じゃないの?」 彼女は顔を上げ、青年を見据えた。 「都合?」 「そう、都合」 柳眉をひそめ、彼女は問いを重ねる。 「何だ、それは」 「知らない」 即答だった。 「知りたいと思わないね。興味がない」 そして、青年は廃墟を見渡し、静かに微笑む。 その微笑みに、彼女は俯いた。 さらさらと肩から黒髪が滑り落ちてくる。 胸が痛んだ。 失われた命に、奪われた未来に、踏み躙られた想いに、心臓を締め付けられるような切なさが込み上げてくる。 青年によって与えられた力が、彼女に伝える人々の感情に、彼女は絶えるしかなかった。 遮断しようと思えば、できる。 だが、彼女はそれをしようと思わなかった。 人々の残した絶望と哀しみは彼女にとって馴染み深いものであり、そして奮い立たせるものだった。 失ったものと、それに伴う痛み。 決して過去にできない、今も尚彼女を苛む悪夢。 そっと彼女は手にした楽器に唇を寄せる。 薄く瞳を伏せ、息を吐くと、細い音が零れた。 そのたどたどしい音色に、青年は軽く目を瞠った。 翠色の瞳に思案げな色が浮かび、彼女を映し出す。 猛々しい、燃え尽きることを知らない炎のような彼女の魂。 だが、今、彼女が奏でる音色は儚く、優しかった。 そして、小さな楽器に心を預けている彼女は可憐だった――苛立ちを覚えるほどに。 その瞬間、小さな楽器は軽い音を立てて、砕けた。 「!」 茫然と手の中から零れる楽器の破片を見つめ、次いで彼女は鋭く青年を睨みつけた。 「……何をした?」 青年は心外そうに肩を軽く竦めた。 「何も?」 「――」 「ホントだよ。今の君の目の前で気づかれないように力を使うなんて、いくら何でもね」 にこりと微笑む青年を彼女は凝視し、舌打ちした。 虚言だと追及するには相手の方が上手だった。 その様子に、青年はくすくすと笑った。 ――――儚きものが儚く消えることは当然だからね。 |
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