(一体、どういう構造をしているんだ、この男は?) この日何度目かの疑問と共に、彼女は目の前の青年を半眼で見据えた。 青年は常に浮かべている微笑みはいつもよりにこやかで、鼻歌さえ歌いかねない様子で苺パフェを食べていた。 たっぷりの生クリーム。 綺麗な形の苺の上には粉砂糖が降られ、小さなアイスが二つ飾られている。 器の底には鮮やかな砂糖漬けのフルーツ。 見ているだけで胸焼けがしそうだ。 彼女は思わず視線を逸らし、ブラックコーヒーを飲み干した。 目の前の青年は人間ではない。 人の形を取っているが、人とは全く違う存在だ。 本来なら食事を摂る必要さえないだろう。 食事をとる必要がないのは彼女とて同じことだ。 しかし、人間だった彼女と青年では話が違う。 彼女の場合、精神が食事を摂ることが習慣として刻まれている。 食べなくても支障はないが、食べた方が精神的に落ち着くのだ。 (でも、お前は違うだろう!?) これは絶対に嫌がらせだ。 甘いものが苦手な彼女の目の前で、さも甘党であることを装って苺パフェを攻略するのはそうとしか考えられない。 「ねぇねぇ」 不意に呼ばれて、彼女は顔を上げた。 「な」 何だ? そう言おうと口を開いた瞬間を見計らって、銀色のスプーンが差し込まれる。 「!?」 直後、口内に広がる、冷たさと滑らかな甘さ。 ほのかに漂う苺の酸味の交じった甘さ。 あっさりスプーンが引き抜かれ、青年はにっこりと笑った。 「御裾分け」 そして、にっこりと笑っている青年を彼女は絶句して見つめた。 驚愕に固まった表情が徐々に怒気に赤く染まっていく。 「貴様……ッ!!」 がたんと大きな音を立てて、彼女は立ち上がった。 突然席から立った彼女に驚いて、周囲の人々が注目するが、そんなことには構っていられない。 「何を考えている!? 私は甘いものが大っっっ嫌いだと知っているだろう!!」 そして、彼女はカップにコーヒーを入れて、一気に飲み干す。 「人の目の前で遠慮もなくバカ面晒して食べるだけでも腹立たしいというのに!」 怒鳴りつける彼女に対して、青年は平然とにこりと微笑みかけた。 「最後の一口」 妙に弾んだ調子言うと、青年は底に残っていた梨とアイスを掬い上げて食べた。 「人の話を聞け!!」 そのまま、彼女は青年を罵り出す。 「お前のような人でなしに常識を求めたことはないが、そのわざとらしい態度は止めろ!」 日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。 彼女の言葉は止まることがなく、流れ出ていく。 しばらく経って、彼女は息も絶え絶えになって罵るのを止めた。 ふと改めて相手を見やると、青年はにこにこと相変わらずの笑顔を浮かべていた。 だが、その翠の瞳にはどこか油断できないものがあった。 「……何だ、その笑顔は」 嫌な予感がした。 見かけは穏やかで人当たりがくせに、その実、この青年はかなり性悪な精神構造をしている。 わざとなのか、無意識なのか判断し難い――彼女自身はわざと判断する――はた迷惑な行動にはいつも悩みの種だ。 思わず問いを放って、彼女はふと我に返る。 (今のは、まずかったか?) 明らかにこちらの反応を楽しんでいる青年に対する態度としては不適切だったかもしれない。 言い知れぬ危機感を覚え、彼女が口を開こうとした瞬間。 青年は、それは、もう爽やかな、もはや目の前から消えた苺パフェ並に甘ったるい、微笑みを浮かべて、一言。 「間接キス」 「……………………………………………………ッ!?」 きっかり十秒後、ようやく言葉の意味を理解した彼女は一気に体温が上昇するのを感じた。 その源は怒り。 「き、さま……」 自然と声が掠れていた。 固く拳を握り締め、氷のような瞳に炎のような苛烈な輝きを宿して、彼女は青年を睨みつけた。 射抜くような眼差しに、青年はにっこりと笑みを返す。 その余裕の表情はまるで挑発しているかのようだ。 しかし、彼女は完全に冷静さを失っていた。 「今すぐ殺してやる――――ッ!!」 彼女の本気の死刑宣告は、青年の朗らかな笑い声によって、周囲の人々に痴話喧嘩と受け取られた。 |
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