「いらっしゃい……」
 軋みながら開いた扉から入ってきた青年に、盲目の男は薄ら笑いを浮かべながら歓迎した。
「相変わらず、陰気だね〜。こんなんじゃお客さん来ないでしょ?」
 青年の言葉に気を悪くした様子もなく、盲目の男は低く笑った。
「こんなところだから、この商売ができるのだがね……」
 青年は軽く肩を竦めて、ゆっくりと周囲を見回した。

 正方形に切り取られたような店内。
 整然と並んだ木製の棚。
 そこには手のひら程度の大きさの薄い水晶版が幾つも一定間隔で並んでいる。
 薄暗い証明の光を反射している水晶版は一つとして同じ色をしていない。

「ちょっと品数増えた?」

 盲目の男は小さく頷いた。
「買いに来る客はめったにないがね……」
 その返事に、青年はわざとらしい溜め息を吐く。
「それじゃあ、ただのコレクションだよ」

「売る客は多いんだよ」

 そして、独り悦に入って不気味に笑い出す男を横目に、青年は一枚の水晶版に触れた。


 ぼんやりと浮かび上がる、映像文字。


「『裏切られた愛、無垢なる詩』……ナニ、コレ?」


「あぁ、それかい。若い男女の秘めた恋に纏わる、闇の物語だよ」
 盲目の男の説明に、青年は興味をなくした様子で振り返った。
「つまり、純愛と思われていた恋愛は裏切りと策略、残酷な現実があったということか」
「何だ、知っているのか」
 青年は冷ややかに笑った。
「実は、リアルタイムで見物済み」


「ほ……」


 盲目の男は奇妙な声を洩らした。


「で、僕が今日来た目的だけど」


 青年は驚きに固まっている男の目の前に立った。




「『七つの封印』が欲しいんだ」




 盲目の男は言葉を失い、見えぬ眼で青年を凝視した。
「…………あいにく、その品はないよ」
 長い沈黙の後、告げられた答えに、青年はにっこりと笑った。
 その穏やかな微笑みに、男はぞくりと震えが走り抜けるのを感じた。


「出して」


 決して命令ではない。
 なのに、逆らい難い声音だった。

 背筋を伝う冷や汗に、盲目の男は唸った。

「お前さんにとっちゃあ、今更だろうによ……」

 顔を俯き、盲目の男は愚痴り出す。

「見たって何にもおもしろくねぇ。ただ、『七つの封印』の存在を証明しているだけで、その手掛かりにさえならん代物だ」
 青年はくすくすと笑い出した。
「それだって、希少価値でしょ? なんてったって」

 不意に、青年の顔から表情が消える。



「天使の記憶なんだしさ」



 盲目の男が売買をしている水晶版――それは『記憶』。
 その者が見続けた世界の像。

 生きていれば忘れたいことの一つや二つ存在する。
 それを盲目の男は買い取り、時には客にとって都合の良い商品――『記憶』を売る。

 それを自らのものとすることも可能だが、一つの娯楽映像として買う者も中にはいる。


 そして、青年が求めたのは天上を追放された天使の記憶を宿した水晶版。


「それに、見るのは僕じゃない」


 そして、青年は悠然と微笑みかけた。





「さあ、出してよ。あんまり、待たせて怒らせるのは怖いんだから」










013:深夜番組     015:ニューロン

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