「痛っ!」 不意に、後頭部に感じた痛みに、彼女は振り返った。 そして、少し離れた木を見上げる。 「またお前か!」 「へへっ、大当たり〜!!」 大振りの枝には得意げな少年が二人乗っていた。 気の強そうな顔立ちの少年の手には手作りと思われるパチンコがある。 「すご〜い、また当たったぁ」 嬉しそうな歓声を上げたのは素直そうな年下の少年の方だ。 「だろだろ、オレって天才かも!」 調子に乗って嘯く少年に、彼女は強く拳を握った。 「いい加減にしないと、怒るぞ?」 にこりと微笑みながら、彼女は悪戯好きの少年を嗜める。 しかし、蒼い氷のような瞳には怒りの光が宿っていた。 「あー、姉ちゃん大人気ないねぇ。子どもの悪戯なんだから、心を広く持たなきゃ」 彼女は、内心、呻いた。 毎日毎日、何度も悪戯をされれば、どんなに温厚な大人であろうと怒るだろう。 彼女が少年の村に滞在した初日から一週間までずっと、だ。 「悪戯も度が過ぎる。第一、物事の善悪に大人も子どももあるか。いや、むしろ、子どものうちが大切だな」 そして、彼女は薄く微笑んだ。 「一度、徹底的に教育してやろう」 彼女の本気を感じたのか少年の顔色が変わった。 隣にいる年下の少年は完全に怯えている。 「さっさと降りて来い」 「ヤダね。怒られると分かっていて降りていくヤツがいるか!」 悪戯好きの少年が強気に叫ぶと、年下の少年が恐る恐るとその袖口を引っ張った。 「ね、ねぇ、降りて謝った方がいいんじゃんないの?」 「バッカだなぁ、お前。ここにいれば平気だって」 「そ、そうだね」 「そうそう、木に登れる訳がねぇんだから」 同じ年頃でお転婆な少女ならともかく、いい年をした大人が登って来れるはずがない。 少年の発言を耳にして、彼女はくっと低く笑った。 「さて、それはどうかな?」 そして、彼女は木の幹に手を着く。そのまま、視線を据え、わずかな隆起を見つけて足をかけた。 「うげっ!?」 「ええっ、の、登るの!?」 これはマズイ。 少年たちの顔に焦りと恐怖が浮かんだ瞬間だった。 「……随分と楽しそうだねえ」 脳天気な声が届いた瞬間、彼女は硬直した。 思わず、手が滑り、彼女の体が傾く。 「!」 (落ちる!) そんなに高くないといえ、後ろから落ちれば、それなりの衝撃と痛みが来る。 しかし、彼女の予想を反して、彼女の体は痛みを覚えるどころか衝撃もなかった。 「危ない危ない」 ひょいと上から声の主が覗き込んでくる。 「大丈夫?」 大きく瞠った彼女の瞳に映ったのは最近行動を共にしている青年の顔。 さらさらとした金の髪が日差しに透けている。 驚愕に固まった彼女の顔が翠の瞳に映り込んでいた。 思わず、彼女の思考が真っ白になる。 普段、飄々とした雰囲気が拭えない青年は改めてみると整った顔立ちをしていた。 彼女が憎悪して止まない存在たちと同じ趣きを備えた繊細な顔立ち。 決して、男らしいという形容ではない。あえて言うなら、『凛々しい』だろう。 だが、彼女はそれまで青年の容貌に対して興味を払わなかった。 優れた容貌であろうとなかろうと、彼女の青年に対する評価は一点に尽きる。 人間の姿をした人間ではない、異質なる存在。 神の僕たる天使たちと異なる翼を有した、モノ。 彼女に力を与え、彼女を神の坐す場まで導くことを約束した存在。 彼女は混乱している自分自身に驚愕した。 出会った当初から青年はやたらに彼女に構いたがる。 何かと優しく、微笑みを絶やさず、時には平然と睦言まで囁く。 それを彼女は今まで一蹴してきた。 何故なら、それは青年の一瞬の気紛れに過ぎない。 偽りではない。 その時、本当にそう思っているのかもしれない。 ただ、それが瞬く間に変化していくだけだ。 だから、彼女は青年の言葉を嘲笑う。 嘲笑ってきた、はずだった。 「ん?」 地面に激突する前に抱きとめたものの、硬直したまま一言も発さない彼女を青年は不思議そうに見つめた。 「!!」 その瞬間、彼女は我に返り、青年の顔を押しのけ、慌しく離れる。 「……もしもし?」 その急な反応に、青年は眉をひそめた。 「お前が悪い!」 「……は?」 「突然、声をかけるな」 「はぁ」 軽く首を傾げ、しばらくして青年はくすりと笑った。 「うん、まあ、じゃあ、そういうことで」 「何が」 そうことだ!? そう叫ぼうとして口を開いた瞬間だった。 彼女の足元で何かが弾ける。 「!?」 「あっ、ちぇッ!」 軽い舌打ちの音に、彼女が視線を巡らすと悔しそうな顔をしている少年たちが立っていた。 いつの間にか木から下りて、彼女から充分な距離を取っている。 「やっぱ、これだけ離れてると難しいか」 「ね、ねえ、こっち見てるよ……?」 「お前たち……」 青年の登場で忘れていた怒りが蘇るのを彼女は感じた。 「やべ。逃げるぞ!」 その瞬間、少年たちは踵を返し、走り出す。 「待てッ!! そのパチンコは没収だ、没収――ッ!!」 追いかけていく彼女の姿を見送り、青年は冷ややかな微笑を浮かべて誰にか向けて呟いた。 「逃げたって無駄なのに……」 |
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