「で?」 「で、って?」 「この子はアンタの何な訳?」 低く問い、女は煙草を口に当てた。 鮮やかな赤の口紅に彩られた唇から細い煙が立ち昇る。 「えー、何々? 興味ある?」 くすくすと笑うだけの青年を女は鋭く睨みつけた。 そして、無造作に煙草を灰皿に押し付け、火を消す。 「ないって言う方がおかしいデショ? 極潰しのアンタが連れて来たのよ? しかも、女を、ココに」 挑むような眼差しで女は青年を見据え、周囲を指し示した。 夜だというのに数本の蝋燭しか灯っていない、薄暗い部屋。 くすくすと密やかに笑う女たちの声。 薄く立ち昇る煙草の煙と密やかに香炉から漂う香り。 多くの店が陽が沈んでいくのに合わせて閉めていく。 だが、この店は逆だ。 月が昇るのに合わせて、開いていく店。 「だから、ココに連れて来たんだけどな」 けろりとした顔で青年は言ってのけた。 「それに、極潰しって言うのは訂正して欲しいね。だって、僕、ちゃんとご奉仕してるよ?」 苦虫を潰したような表情で女は舌打ちした。 「それにね、ココなら、余計な詮索されずに休ませることができると思ったんだよ」 「……そりゃぁね、ココの女たちにとって過去を探ることは禁忌さ」 女はふっと表情を翳らせる。 「ココにいれば、食事も寝るところも着る物も不自由しない。それだけの代償を払ってるんだから」 そして、女は青年を静かに見据えた。 「だけど、アンタ、この子をココで働かせる気なのかい?」 ふと視線を落とし、女は問題の娘を観察した。 ひどく青ざめた顔。 ところどころに煤がこびりついている。 どこで何があったのか知らないが、火傷を負っていないことが不思議なくらい衣服は焼け焦げている。 焼け縮れた黒髪は切り揃えても肩より長い。 まだ、少女の印象を残した娘。 整った顔立ちはややきつい印象を与えるが、今のように意識を失っていると、思いがけないほど繊細だ。 「ま、この子ならすぐ『一の花』になれるけどね」 その瞬間、青年は眉をひそめた。 「それはダメ。ココに連れて来たのは、ちょっと間でも悪夢を見ずにゆっくり休ませるためだけなんだから」 部屋を満たす香りの元たる香料と煙草に混ぜられたモノ。 辛いことを忘れて、この店での一時を楽しむことを望む客や働く女たちのために特製の秘薬。 秘薬を与えた瞬間、娘は悪夢さえ見ない深い眠りに落ちた。 女は鼻を鳴らして笑った。 「おや、珍しい。アンタが善意で人助け?」 「そう見える?」 「少なくとも、表向きはね」 そして、青年はくすりと笑った。 「大体、彼女が承知しないよ。ココで栄華を極めることより、泥に塗れて生きることを選ぶような子だよ」 「アラアラ、よく御存知で」 軽く女が茶化すと、青年は静かに微笑した。 その微笑みに、女の顔から表情が消える。 表情こそは笑みを浮かべているが、瞳が笑っていない。 澄んだ翠の瞳は薄暗い闇の中では見えず、ただ底知れぬ深淵が存在した。 思わず、女は視線を逸らす。 その様子に青年はくすりと笑い、ゆっくりと意識のない娘の頬を撫でた。 「君の選択が楽しみだな――」 小さな囁きは細く立ち昇る紫煙と共に消えていった。 |
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