ふと、我に返った彼女は自分が白い階段の前に立っていることに気づいた。 階段の脇には小さな薄紅の花が咲いていた。 (ここは……) 戸惑う彼女の意識と裏腹に彼女の足が動いて階段を上り出す。 (……嫌) 一段一段上っていくうち、彼女の意識は徐々に恐怖に侵食されていく。 (嫌だ、行きたくない) しかし、彼女の足は止まらない。 それどころか足早になっていく。 ――あぁ、もう始まったかな。 息を弾ませ、彼女は微笑みを浮かべた。 ――全く、よりによって、こんな日に遅れるなんて、姉さん怒っているんだろうなぁ。 (ダメだ) これは破滅の階段。 悪夢の始まり。 (嫌だ……ッ!) 見たくない、知りたくない。 それが決して避けられぬものだとしても。 そして、見えてくる大扉。 同時に尖塔の鐘が鳴り出した。 ――あー、間に合わなかった。 (ダメ、行ってはいけない!!) 必死に訴える彼女の声は『彼女』に届かない。 そして、鐘が鳴り響く教会の扉を彼女は押し開いた。 その瞬間、彼女は目の前の光景に言葉を失った。 ひらひらと舞い落ちる、白い花びら。 ふわりふわりと揺れ落ちる、白い羽根。 ――姉さん……? 白一色で飾られた空間に、鮮やかな色が散っていた。 純白の花嫁衣裳を纏った姉の手を取っているのは、兄同然の幼馴染みの青年ではなかった。 それは美しい、汚れなき存在。 創造主たる神の忠実な僕にして、純白の翼を持ちし天の御使い。 天使。 ――姉さん……!? 彼女の叫びが引き鉄だったかのように、天使の腕が動いた。 ずぶりと響く、鈍い音。 そして、姉の胸元に赤い花が咲く。 花開いた真紅の色は白を侵し、瞬く間に染め上げていく。 彼女はその光景を茫然と見つめていた。 コレハ何? 私ハ何ヲ見テイル? どさりと重い音を立てて、姉の体が床に倒れ伏す。 そして、鮮血を滴らせた剣を手にした天使が彼女の方に視線を移した。 赤い飛沫を浴びて、尚、その天使は美しく、神々しかった。 ――ッ!! 後ずさった拍子に、側の棚にぶつかり、そこに置いてあった燭台が倒れる。 同時に、翼の羽ばたきが聞こえた。 その音に気を取られ、彼女は蝋燭の火が絨毯に燃え移ったことに気づかなかった。 思わず、振り仰いだ彼女は剣や槍、弓を手にした天使たちの姿を認めた。 そして、その時になって、彼女はようやく周囲の状況に気づいた。 姉の婚礼を祝うため参列していた人々が赤い海に倒れていた。 ぴちゃり。 雫が落ちる音に、彼女はぎこちなく首を動かした。 赤い水溜まりの上に、幾つも波紋が広がっている。 彼女は無意識のうちにその元を辿っていた。 そして、次の瞬間、彼女は息を呑んだ。 真紅の雫を落としていたのは玲瓏な容貌の天使の手に掴まれた、一人の青年の首。 彼女の、たった一人の姉が愛した人。 新たな家族となるはずだった人。 恐怖と驚愕に歪んだ表情は一度も見たことがない。 その虚ろな瞳も。 ぼたりと天使は首を床に落とした。 落ちた首は絨毯の上を転がり、燃え移り、今や教会全体を包み込もうとする勢いで広がる炎の海に呑み込まれる。 白い花びらが赤い炎に燃え、消えていく。 だが、天使が落とす白い羽根だけは変わらず、ふわりと宙を舞っていた。 そして、天使たちは一斉に彼女を目掛けて、刃を向けた。 炎の照り返しを受けた赤く染まった刃が彼女の眼前に迫る。 その瞬間、彼女の背後に闇が生じる。 炎の赤も、血の赤も、天使たちの白も、すべてを弾いて、闇は広がり、彼女を包み込んだ。 突然の衝撃に、彼女は飛び起きた。 「あ……」 状況が掴めず、混乱する彼女の横で安堵の息を吐く気配がした。 「大丈夫?」 緩々と見やれば、そこには柔和な容貌の青年の顔があった。 瑞々しい翠の瞳に茫然とした自分の顔が映っているのを見て、彼女はようやく思い出す。 「……夢?」 「みたいだね。随分とうなされていたよ?」 そう言って、青年は微笑みかけた。 「だから、思わず起こしたんだけど……」 そして、彼女は青年が自分の部屋にいるという状況に気づいた。 「出て行け。私の部屋に無断で入るなと言ったはずだ」 「あ、ひどい。そういうこと言う? 僕と君は切っても切れない絆で結ばれているっていうのに」 思わず、彼女は鼻で笑った。 「そんなもの!」 言葉の割に傷ついた様子のない青年を睨みつけ、彼女は吐き捨てるように続けた。 「用が済めば、お前など殺して、終わりだ」 (所詮、同類なのだから) あの天使たちと。 彼女は進んでいく。 着実に。 破滅の階段を。 上り切った時、その憎しみで、壇上の創造主を討つために。 |
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