状況を理解するのに、たっぷり数十秒は必要だった。 疑いようがないくらい、はっきりしている現実を、彼は受け入れるのを躊躇っていた。 「……ディアガン?」 説明を求めるように魔女になってしまった昔馴染みを呼んでみるが応えはない。 当然だ。 この場には彼しかない。 否、彼と『彼女』だけしかいない。 その事実を、改めて突きつけられ、彼は激しく動揺している自身を自覚した。 深呼吸して、ゆっくりと立ち上がる。 周囲を見渡しても、やはり、どこにも、彼をこの場に連れて来た魔女の姿はない。 緑に覆われていても、部屋の調度品は最高級のものだと分かる。 蜜色の髪の少女が横たわる寝台も、その寝心地良さは変わらないようで、その華奢な体を柔らかく受け止めていた。 「……イライザ」 抑えた声音で呼びかける。 だが、少女の瞼も指先も動かない。 そのことに、不思議な安堵を覚え、彼は少しだけ近付いた。 意識がないせいだろうか、十五年一緒にいて、妹同然だった少女は、少し見ないうちに変わったように見えた。 長く伸びた髪――いつだったか願掛けをしているのだと言っていた。 『呪いが解けるように?』 『それよりもずっと大切なことよ、フィル兄様』 細い手首に嵌められた金細工の飾りはいつの誕生日にか彼が贈ったものだ。 『本当にいいの、貰って?』 『これから、もっと良い品を貰うだろうけどね』 いつも笑っていた。 呪いなんて何とも思っていなかったように笑っていた。 幼い子どもの戯言に対する報復にしては強い呪いだったのに。 「イライザ」 そっと手を伸ばし、白い頬に触れる。 柔らかく滑らかな肌は少し暖かく、少女が確かに生きていることを彼に伝えた。 だが、目覚める気配はない。 いつも、彼が呼べば、花が咲くような眩しい笑顔を見せてくれていたのに。 「イライザ」 何故、彼女は目覚めないのか――緑の呪いが掛かっている。 何故、緑の呪いに掛けられたのか――魔女ディアガンが掛けた。 何故、ディアガンは呪いをかけたのか――それを望んだ人間いる。 それは、誰だ。 彼が故国へ帰る日、泣きそうになりながら、それでも笑っていた少女から笑顔を奪ったのは。 「イライザ、私は」 笑っていて欲しかった。 彼がいなくなっても、遠くに離れていても、彼女なら何があっても幸せに笑っていてくれると信じていた。 それを望まない人間によって奪われるなんて思いもしなかった。 その瞳は誰も映さない。 その唇は誰も呼ばない。 こんな人形のような少女など見たくなかった。 ふと頬に触れていた手のひらが滑り、指が少女の唇に触れた。 かすな呼気が指先をくすぐる。 『呪いを解く方法が分かったわ、兄様。とても簡単で、とても難しい、その方法は』 彼女を心から愛する者のくちづけ。 |
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