『荊の森』




 見る見るうちに、周囲が緑に覆われていく光景を、少女は黙って見ていた。
 少女の寝室を中心に、広がっていく緑は大半が蔓や蔦だ。
 こっそりと廊下に続く扉を開けて覗いたら、見張りの兵士が二人倒れて眠りこけていた。
 その鼻先には、花を咲かせてた蔓がある。
 恐らく、花の香りが彼らを眠らせたのだろう。
「さすがというか何と言うか、やる気がないだけで、すごい魔女なのよね、あの人……」
 魔女ディアガン。
 王国の北の外れ、山の頂にある湖に居を構える偏屈な魔女。
 先代の魔女ディアガンとは気が合わなかったが、つい最近、魔女ディアガンの名と力を受け継いだ彼女のことを少女はとても好きだった。


 事の起こりは十年前。
 当時、幼かった彼女は初対面の魔女ディアガン(先代)に向かって禁句を言ってしまったのだ。

『太い』
『な、ななななななな何ですってぇぇぇ!?』

 魔女ディアガンは怒り狂い、その場の勢いで呪いをかけた。
 お菓子しか食べることができないという呪いを。

『お前も太ってしまうがいいわ!!』


 幸いにして、別の魔女がどんなに食べても太らない体質になるという呪いを重ね掛けしてくれたので、そんなことはならなかった。
 普通なら栄養失調で体を壊しそうなものだが、それは魔女の秘薬で補った。
 魔女の秘薬は高価で貴重だった。
 しかし、国王である父親が王家の権力をここぞとばかり揮ったのだ。
 だが、それが長引いてくると、さすがに国庫に影響を齎す。
 魔女ディアガンの所在を探し、辿り着いた時には、代替わりしていた。
 先代の魔女ディアガンはあれから痩せることに成功し、結婚したのだという。
 面倒臭そうにしながらも、魔女ディアガン(当代)は魔女の秘薬を無料で提供してくれると言ってくれた。
 掛けた本人にしか解けない呪いを唯一解く方法も教えてくれた。


「もう、王都の端まで行ってる……」
 部屋に戻り、窓から城下の街を見ていた少女は、城を包んだ緑の魔法が王都を越え、国の全土に広がりつつあるのを確かめた。
 城の外壁には荊が這い伸び、この様子だとすべてを包み込むのも時間の問題だろう。
 呪いを解くために、更なる呪いをかける。
 それを望んだ少女自身、無茶苦茶だと思う。
 お菓子しか食べれない呪いがかかっていても、彼女が一般人なら何の問題もなかった。
 しかし、彼女は世継ぎの王女だった。
 強力な呪いは解けるまで子どもや子孫に引き継がれる。
 呪われた王家など、外聞が悪い。
 今は良くても、いつ、どこで悪影響を及ぼすか分からない。
 できるなら、魔女ディアガンの協力が得られるうちに解いてしまうのが良い。
 彼女の子孫だからと言って、いつまでも協力してくれるような相手ではないと少女は知っている。


『本当に私のことが好きなら、助けに来てくれるでしょう?』
『……いくら美人のオヒメサマでも、話したことがなければ会ったこともない相手をそこまで想ってくれるオトコなんていないと思うケド?』
『問題ないわ』
『ああ、そう、当てがあるワケ』




「……貴方は来てくれるのかしら、フィル兄様」










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