知らせを聞いた瞬間、彼は目の前が暗闇に閉ざされた錯覚に襲われた。 ラジェルニア王国が魔女の呪いにより、封印された。 王国全土覆った緑の呪いは王都にある城が最も激しく、城の姿はもはや見ることもできないという。 呪いから逃れた人間は一人もいない。 国境間近の町の住人すら逃げる暇がなかったのだ。 それほどに、強力なものだった――魔女ディアガンの呪いとは。 彼は十五年間の歳月をラジェルニアで過ごした――人質として。 随分昔、彼が物心つく前に起きた戦争の結果、彼は異国ラジェルニアに送り出されたのだ。 ラジェルニア王家は人質である彼を温かく迎え、まるで本当の家族のように育ててくれた。 いずれ、国に戻る彼のためを思い、一国の王子として必要な教育も与えてくれた。 故国に帰って、尚、慕わしく思う国。 実の両親、兄弟姉妹と会ったからこそ、ラジェルニアでの日々が懐かしく思う。 有体に言えば、彼らのことを他人のようにしか思えなかったのだ。 彼ら自身も、そうなのだろう。 十五年ぶりに返ってきた彼をラジェルニアの情報を引き出すための道具だと見ている。 彼の国は、まだ、あの美しい国を諦めていない。 かつて侵略戦争を仕掛けて敗北しておきながら、まだ、あの国を手に入れることを企んでいる。 だからこそ、あの国の異変に関する情報が逸早く届いたのだ。 荒々しい足取りで私室に戻り、人払いをした彼は叫んだ。 「ディアガン! 出て来い、魔女ディアガン! いや、エレオ」 「はい、そこまで。そんなに叫ばなくても聞こえてるわヨ〜」 不意に生じた人の気配に、彼は鋭く身を翻した。 暖炉の側近くに置かれたソファに、だらしなく座って手を振っている黒衣の女がいた。 「いくら、昔馴染みだからって、そっちの名は止めてよネェ。前にも言ったとハズだけど、今のアタシの名はディアガンなんだから〜」 「そんなことをどうでもいい!」 吐き捨てた勢いのまま、彼はディアガンに掴みかかった。 座っていた女の体を力任せに引き起こす。 「答えろ、魔女ディアガン。何故、あの国に呪いをかけた!?」 ディアガンは眉を潜めつつ、答えた。 「望んだ人間がいるからに決まっているでショ? あんな大体的な呪い、自主的に仕掛けるなんてメンドいだけェ〜」 「誰が、誰があの国を!?」 「ってゆーか、何で、アンタがそんなに怒ってるワケぇ?」 更に詰め寄る彼に、ディアガンは少し苦しそうに息を吐いた。 次の瞬間、彼の手は彼自身の意識下から離れて、ディアガンを解放する。 「あー、もー、大技繰り出してヘバってるところ、呼び出すんだモン。こっちはヘロヘロなのよ? ちょっとは労わってよネェ」 「……お前は、いつも、そんな調子だろう」 「そうよォ。でも、そんなアタシが今回ガンバったんだからネェ」 「頑張るどころが間違っているだろう……!」 呻くように肩を震わせる彼を、ディアガンはうろんげにソファから見上げた。 「ってゆーか、ホント、どうしちゃったワケぇ?」 ディアガンの一瞥に、手の自由が戻ったことに気付いた彼はそのまま手をきつく握り締めた。 「――私が十五年間どこにいたのか、忘れたのか?」 「は? んー、あー……何、あっちの人たちと仲良かったりした?」 「仲が良いどころか! ……家族同然だった」 「あらまあ」 大仰に驚いてみせる魔女を、彼は睨みつけた。 「ディアガン、呪いを解け」 呪いは掛けた本人しか解くことができない。 「やーよー」 「ディアガン!」 強く名を呼ばれたディアガンはゆっくりと半眼を伏せる。 「解きたかったから勝手に解いたら〜? 呪いの中核はオヒメサマよ。あのコの呪いを解けば、あの国の呪いも消えるわヨ」 「っ!?」 「その様子だと、呪いを解く方法は知っているみたいだしィ?」 「ディアガン、それは……それだけはできない」 「どーして」 「彼女は妹のような存在だ。それでは条件が合わない」 「でも、アンタのイモウトはココにいるでしょーが」 「だが、私では無理だ」 「どこがどうムリなワケぇ?」 「私は……!」 唐突に、静寂が訪れた。 彼は続く言葉を失い、ディアガンはその言葉を待っている。 『兄様、今日のお菓子はジンジャークッキーです! 私は平気だけど、兄様は甘いものに飽きてきた頃でしょう?』 『兄様、兄様、見て! 新鮮な苺が届いたのよ! ケーキ用だけど、兄様にはちょっとだけお裾分けしますね!』 『兄様、お父様たちったら、ひどいのよ! 私がお菓子ばっかり食べているから、いつまでも子ども扱いしているの』 「私は、敗れたといえ敵国の人間だ」 ずきりと胸の奥が痛んだ、瞬間。 「ああもうっ、どいつもこいつもアタシを過労死させる気か!!」 突然、立ち上がったディアガンに、彼は驚いた。 「他人様の色恋沙汰に巻き込まれるほど、バカらしいっていうものはないのにっ!!」 そして、ディアガンは鋭く彼を睨みつけた。 知り合ってから今まで、これほど活発な彼女を見たことがない彼はただ圧倒される。 「いいわっ、この際だからもっとはっきり言ってあげる! あのコがイモウトだって言うなら、ホントのイモウトと同じように思ってるワケ!?」 「は!? いや、そもそも、実の両親ですらそんな風に思えないのに、それは無理が」 「まだ言うか、このトウヘンボク!」 次の瞬間、彼は蹴り倒されてた。 「っ!?」 「アタシは疲れてるのよ! この先は勝手にやってちょうだい!!」 「な、何を」 彼の言葉は突然途切れた。 思考が停止する。 視界の大半を占めているのは緑。 身を半分起こした彼の視線の先には。 「イライザ……」 緑の呪いによって眠りを与えられた蜜色の髪の少女。 |
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