『魔女の呪い』




 鼻歌交じりに、明らかに上機嫌だと分かる様子で、お菓子作りに勤しむ少女を横目に、魔女ディアガンは溜め息を吐いた。
「ってゆーか、アンタ、何で、そんなに生き生きしているワケぇ?」
「はい、何か言いました?」
 くるりと振り返った拍子に、少女が纏うエプロンがひらりと翻る。
 腰まで届く長さの蜜色の金髪を一つに纏めて括った様子は一見して愛らしい。
 楽しげな表情と相まって、見る者を自然と微笑ませる魅力がある。
 対するディアガンは、げんなりとした脱力してソファに縋りついた。
「カンベンしてよネェ」
「とっておきのケーキはこれからよ?」
「……アタシ、食べないからネェ」
「ええっ、どうして! 力作よ!? とっておきよ!?」
 蒼い瞳を見開いて、少女は信じられないと大きく驚く。
「どんなに美味しくても、一週間も続けば嫌になるってば〜」
「そう? 私は一ヶ月続いても平気よ?」
「それはアンタが呪われているからでショ」
「呪った本人が何を言ってるの!」
「いや、だからさ? 違うって言ったじゃん、アタシ」
 ディアガンは適当に伸ばしている黒髪を掻き上げて続けた。
「アンタを呪ったのは十年前の魔女ディアガン。アタシはその名と力を継承したばっかりなの」
 この説明もすでに何度も繰り返している。
「ええ、分かってるわよ。でも、貴方ってホントにそっくりなんだもの」
「そりゃあ、血繋がっているからネ」
 本当は魔女の名と力を継承するつもりはなかった。
 しかし、先代のディアガンが次代の魔女として彼女を指名したのだ。
 拒絶するほど嫌でもなく、したらしたで面倒になることは分かっていたので受け入れたのだが、こんな余計なモノがついてくるのであれば、止めておけば良かったと後悔している。
「ってゆーか、アンタ、解く方法は教えたはずよネ? さっさと解いて、真っ当な人間に戻ったら?」
 その瞬間、少女の表情が凍りついた。
 ぎこちなく視線が逸らされる。
 普段、こちらが戸惑うくらいにまっすぐに見てくる少女だから、その変化は明らかだ。
 ディアガンはだらけ切っていた体を起こし、少女を見据えた。
「呪いは掛けた本人にしか解けない。アンタの場合、掛けた本人は生きているけど、魔女としての名も力も失っている」
「……ええ、結婚したらしいわね」
 ディアガンは頬を引きつらせて、頷いた。
「そう。アンタのことを知っていたら、アタシは継承なんてしていなかったのにィ」
 魔女の婚姻は許されない。
 だから、代わりに一族から後継者が選ばれる。
 魔女の名と力を次代に継承すれば、一族の人間として結婚ができる。
 その場合、血を残すことが最優先されるのだ。
「すべて呪いを無効化し、魔女ではない一般人でも使えるだけに、条件は厳しい。けれど、アンタの場合、道端で笑ってやればイチコロのはずよネェ」
「……付け焼刃にしては、ちゃんと魔女なのね」
 ディアガンは溜め息を零しながら、指先で自身の額を突いた。
「名を受け継いだら、その辺の知識は勝手にココに入ってきたのよ」
 魔女として培った知識と技術を残すための儀式が、名と力の継承だ。
 事実、先代のディアガンは自身が魔女であった頃の記憶はあるが、その知識も力も失っている。
「まあ、便利ね。王位もそうだったら、帝王学なんてやらなくても楽なのに」
「ナニ、王位ってアンタが継ぐの?」
 少女がこの辺り一帯の統治する王家の姫ということはディアガンも知っている。
 だが、彼女自身、それで少女の扱いを変える気はないし、少女自身、文句はないようなので問題ない。
「その予定よ。だから、余計に、易々と唇を許す訳にはいかないのよ」
 呪いを解く手段――それは心から愛してくれる人のキス。
「別に、キス一つで、その人が本当に私のことを好きなのかどうか分かるっていうのはどうでもいいんだけど」
「あ、いいんだ?」
「キスして解けなかった場合、また別の人とキスすることになるのが嫌なのよ」
「あー、ナルホド」
 ディアガンは少女が言いたいことを察して頷いた。
 自身が好きになった人とキスすればいいのだったら、問題は格段に容易くなる。
 要はキスという行為が必要なのであって、そこに相手の気持ちは関係ない。
 状況によっては、事故なり何なりを装ってキスしてしまえばいいのだ。
 しかし、現実はそうではない。
 相手の気持ちが重要だ。
「んー、でもさァ、アンタの容姿だと、その辺も軽くクリアできるでショ?」
 少女の愛らしい容貌は身分など関係なく、異性にとって魅力的だろう。
「外見だけで、『心から』愛してもらえる?」
 小首を傾げる様子はあどけなく見えるが、その瞳に宿る光は真摯だ。
「……随分と条件が厳しいオヒメサマだね、アンタは」
「だって、私は世継ぎの王女ですもの」
 少女は当然だと微笑んだ。
「その上、夢見がち」
「年頃の女の子ですもの」
 ふわりと砂糖菓子にも似た甘い微笑みに、ディアガンは溜め息を吐いた。
 そして、ゆっくりとソファから立ち上がった。



「ラジェルニア王家、第一王女イライザ・ラジェルニア、貴方は何を望む?」



 そして、少女は嫣然と微笑みを浮かべた。



「呪いを」










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