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荒廃した世界。
その始まりは第三次世界大戦だった。
それが、どんな理由で起こったのか、今となってはどうでも良いことであろう。
重要なのは、それによって幾つかの大陸や島が消滅し、世界が変化したことだった。
無事だった大陸も、その大半が焦土や荒野と化した。
人々の生活も、また変化を余儀なくされた。
それまでの裕福な生活は特権階級といわれる人々のみとなり、一般の人々は不自由な、しかし生きるには充分な生活を送ることになったのである。
■ ■ ■
どうして、こんなことになったんだろう。
目隠しをされたリックは背に当たる銃口に冷や汗を流しながら、つい数時間前のことを思い返した。
そう、確か友人の家に行く途中にある駅の構内だった。
切符売り場に向かおうとしていたリックはいきなり後ろから声を掛けられた。
「すみません、もしかしたら……あなたはアルノルド・ウェイン氏のお孫さんではありませんか?」
「え……?」
リックは尋ねた相手をまじまじと凝視した。
相手は品の良い、優しそうな老紳士だった。質の良い、落ち着いた色合いのスーツを着ていた。穏やかな表情で自分の答えを待っている。
リックは少し警戒しながら答えた。
「ええ……そうですけど?」
アルノルド・ウェインとは母方の祖父の名である。
「ああ、やっぱり。お祖父さんの若い頃によく似ておいでだ」
その言葉にわずかに残っていた警戒が消えた。
自分の容姿が祖父に酷似していることは亡くなった祖母を通じて知っていた。
見れば、老紳士の年齢は自分のような大学生である孫を持ってもおかしくない年代である。祖父を知ってても、不思議ではない。
リックはにっこりと笑って言った。
「よく祖母にも言われてました」
老紳士が嬉しそうに微笑して頷いた瞬間、リックの背に何か小さなものが当てられた。
(へ?)
未だ戦乱の余波が残る、この時代、銃器類は結構身近な存在だった。ゆえに、リックはそれの正体を察してしまった。
硬直する彼に老紳士は穏やかな笑顔で宣告した。
「では、同行してもらおうか」
それは愛想のかけらもない言葉だった。
そして、現在に至る訳である。
誓って自分は悪いことなどしていない。少なくとも、こんな風に拉致される覚えはない。
それだけは断言できるリックである。しかし、自分がそう主張したところで、無駄なのは分かり切ったことだった。
今、リックができることは大人しくして、状況を正確に知ることだけだ。
「ここで大人しくしていろ」
不意に背を押され、リックは倒れ込む。
「っ!」
全身を床に強く打たれると同時に、後ろにいた人の気配が消えた。
すぐさま、リックは目隠しを取り、振り返るが、そこには強固な電子ロック式の扉があるだけだった。軽く舌打ちし、室内を見渡す。その瞬間、彼は固まった。
最初、鏡があるのかとリックは思った。しかし、すぐにそうではないことに気付く。
何故なら、自分は床の上にいるのに『彼』は壁に備え付けられた簡素なパイプ椅子に座っていた。
もうひとりの自分がそこにいた。
思わず、リックは相手をじっと観察した。
造作は見れば見るほど酷似していた。
顔のラインに沿って切り揃えられた亜麻色の髪。整った鼻梁。銀色の瞳。桜色の唇。
リックは自分が見かけだけは極上に分類されることを知っていた。
友人たちから嫌になるほど言われているのだ。
『お前、黙っていれば美青年で通用するのに、どうして話すと三枚目になるわけ?』
おそらく、目の前の『彼』なら友人たちも美青年と太鼓判を押すだろう。
見かけの問題ではない。雰囲気からして違うのだ。
どこか浮世離れした静かな空気。青年と少年の間の、不安定で、脆さを秘めた美しさ。
それは自分では到底持ち得ないものだ。
『彼』は秀麗な顔に驚きの表情を浮かべ、そして困惑した様子で言った。
「……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ」
リックは慌てて立ち上がり、無意味に服の埃を払う仕草をした。
異常に心拍数が上がっている気がした。
そんなリックをしばし見つめていた『彼』は躊躇いがちに尋ねた。
「あの……貴方は、誰?」
その言葉にリックは我に返った。
「それは俺が聞きたい。あんた、誰? 何で俺と同じ顔なんだ? どうして、ここにいるんだ? どうして」
矢継ぎ早に質問をしたリックは相手がひどく戸惑っているのを見て、口をつぐんだ。
「ごめん。あんたも連れ去られたんだよな。聞いたって分かる訳ないか」
その言葉に『彼』は微笑んで、かぶりを振った。
その優雅な仕草に育ちや性格が違えば、こうなるのかと感心しながらリックは名乗る。
「俺はリック・ナルド。リックでいいよ」
「私は――ディー」
「……それだけ?」
ディーはどこか困ったように小首を傾げた。
「いろいろと理由があってね、気を悪くしたなら謝るけれど」
リックは慌てて言った。
「いや、いいんだ。あ、それで思い出したんだけど、俺らが拉致された理由って絶対に祖父さんにあると思う!」
「お祖父さん?」
「そう! 俺の祖父さん、アルノルド・ウェインっていうんだけど、俺と祖父さん似ているらしいんだ。でもって、俺をさらった奴が俺に祖父さんの孫かって確かめていたからさ」
「孫……って、アル、ノルド・ウェインの?」
ひどく驚いた様子でディーは尋ねた。
「ああ、そうだけど?」
リックがあっさりと答えると、ディーはますます当惑し、掠れた声で言った。
「でも、彼に結婚履歴はなかったはずですけど……」
何に驚いているのか分からないリックはディーの疑問に答えた。
「あぁ、だって俺の婆さん、未婚で俺の母さん産んでるからな。戦後の厳しい状況で、よく女手ひとつで育てる決心したと思うよ」
そこまで話したリックはディーが手を頭に当てて、うなだれていることに気付いた。
「どうしよう……怒られる」
「ディー?」
呼びかけられ、ディーは我に返り、リックの顔を見つめた。そして、溜め息を一つ吐くと、言った。
「ごめん、貴方が拉致されたのは私のせいです」
「え?」
ディーは申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。
「たぶん貴方は知らないと思うけれど、貴方の祖父アルノルド・ウェインは中央政府の研究所で働いていたんです。彼はそこで秘密の研究に携わっていました。けれど、彼が死んですべて闇に葬られてしまった。君を連れて来た連中はその研究が彼の孫に託されているという情報を知って狙っているんです」
「ちょっと待てよ、俺はそんなの知らない」
ディーは静かに頷いた。
「ええ、そうでしょうね。知っているのは……私だから、ね」
その言葉にリックは呆然となった。
「え、それじゃ――ディーは、……ディーも?」
そして、ディーはリックと同じ顔でリックよりも優雅に微笑んだ。
「私は――そうですね。孫、というか……身内には違いありませんけど」
リックは眩暈を感じて頭を抱えた。
「マジ? それで、俺、ここに連れ去られちゃった訳?」
動揺もあらわな声にディーは落ち着かせるように言った。
「でも、心配しなくてもいいから。ちゃんと無事に帰らせてみせるから」
その言葉にリックはゆっくりとディーを見た。
ディーの真摯な眼差しは彼が本気で言っていることを示していたが、リックは素直に鵜呑み出来なかった。
(というか、俺はどっちかというとあんたの方が心配だ……)
頼りないという訳ではない。むしろ、その冷戦沈着な態度は信頼できる方だろう。だが、その雰囲気は何故か庇護欲を掻き立てるものがある。
その時、不意に扉が開く。
現れたのはサングラスをしたスーツの男と大型の銃を持ったメタリックブルーの二人の人間だった。
「!」
(嘘だろ……ドールだ、それも戦闘型かよ)
ドール――それは大戦前に発明された科学の力で創られた機械人形。その使途は様々だが、最も有名な使途は戦争である。世界がここまで荒廃する結果に導いた重要な一因といっても過言ではない。
しかし、今では直接見る機会もなく、リックも破壊されて放置されたままのドールを見たくらいだ。今の時代では一部の特権階級が持つくらいの代物だ。
「出ろ」
偉そうな命令にリックは眉をひそめる。
ディーは静かに立ち上がり、スーツの男の言葉に従おうとした。そして、リックの横を通った時、小さく囁く。
「左の突き当たりを右に、二つ目の角を左に、そこから逃げられる。合図をしたら、走って」
「!」
驚きに眼を見張るリックを余所にディーは男の前に立った。そして、不意に微笑んだ。
「?」
男の気が殺がれた瞬間、ディーは男の腕を取って勢い良く捻り、その動きを封じると、叫んだ。
「行って!」
その鋭い言葉に弾かれ、リックは走り出した。
「待てっ!」
男の声がリックの背に届く。しかし、追いかけてくる気配はない。それを不思議に思う余裕もなく、リックは必死に走った。
(右に、二つ目を左!)
ディーの言葉通り、二つの角を曲がった瞬間だった。
「うわ!」
リックは反対側から来た人物にぶつかり、倒れかけた。しかし、ぶつかった相手が彼の腕を掴み、床に激突するのを免れる。
一瞬の安堵の後、リックは我に返った。
(今、自分を助けてくれたのは誰だ?)
そして、リックは慌てて顔を上げる。
「!」
最初に目に入ったのは不揃いに切られた白い髪。目許を覆うスコープで顔立ちはよく分からないが、若い男だ。背は随分高い。髪と対照的な裾の長い漆黒のコートを着ている。そして、自分の腕を掴む左手と反対の右手には大きな銃があった。
一瞬、リックは逃亡が失敗したと思った時、上から落ち着いた低い声が届いた。
「お前、ディー……じゃねぇな」
その言葉にリックは直感した。
「あんた、ディーを助けに来たのか!」
男はリックの腕から手を離し、かすかに眉をひそめて答えた。
「……あぁ、そうだが――お前は?」
その答えを聞くや否やリックは早口で男に言った。
「俺はリック。リック・ナルド。ディーは俺を助けて、まだ捕まってるんだ。早く助けて!!」
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