異界の秘宝 後編




「悔しい」
 ぼそり、とライドは呟いた。

 ライドとリュークはイーダゥトの街の宿に戻っていた。

ライドの前に座る美女ともいえるリュ―クは無言で頷いた。
「あの女、消滅するならおとなしく消えてくれればいいのにっ」
 あの女――消滅する瞬間、半分に割れた女神像のひとつを自らの主に送った魔族の女、戒樹。
 あの女神像は異界の秘宝のひとつで災いを呼ぶ闇の秘宝だった。そして、おそらく魔族にとっては力の源となる代物だろう。
 不意に緊張感を台無しにしてくれる底抜けに明るい声が届いた。

「おっ困りならぁ、このヘルゼーンさんにおまっかせ〜ぇ」
「…………」
「…………」

 硬直するライドとリュ―ク。
 満面の笑みを浮かべているヘルゼーンと名乗った漆黒の瞳に漆黒の髪の男。

「おやぁ、どうしたのかなあ?」
「お、前っ!?」
 椅子を引く大きな音を立ててライドは身を引いた。

 彼はライドがよく知っている男だった。
 かつて自分のお目付役だった大変風変わりな魔術師――ヘルゼーン。

「いいわあ、その反応。新鮮で涙が出るね」
 ヘルゼーンはくうっ、と泣く振りをした。
「ライド、これは―― 」
 リュ―クの言葉にライドは勢い良くかぶりを振った。
「俺は知らない!!」
「そ、皇子サマはしらないよん? 神官クン、勘違いしないよーに」

 次の瞬間、周囲の空気は氷点下に達し、ライドとリュ―クは不穏な気を放った。

「あ、大丈夫だよ。ちゃあんと結界張ってるから、誰にも聞こえてないよぉ。ヘルゼーンさん、これでも、腕利きの魔術師だもんっ」

「そうじゃないっ!!」

 ライドとリュ―クの声が重なる。
「なんて呼び方だよっ!」
「人を妙な風に呼ぶのは止めてもらおうか」
「え〜、だって〜ぇ、アルスハル皇国第三皇子、ライド殿下にぃ、ラザル大神殿第一級神官、リュ―ク神官でしょうぉ? 『皇子サマ』と『神官クン』で合ってるよ?」
 丁寧に説明され、当人たちは怒りに震える。
「……行こう、リュ―ク」
「ああ」
 二人はこれ以上、関わっていられるか、と立ち去ろうとした。しかし、二人は結局その場に止まることになる――ヘルゼーンの次の言葉によって。

「闇の秘宝の片割れはフウエン孤島のメイシュの手に渡った」

 弾かれたかのようにライドとリュ―クは振り向く。
「どうして、それっ」
「そりゃあ、ヘルゼーンさん優秀だから!」
 その瞬間、リュ―クはテーブルを力強く叩いた。
 ライドの冷たい視線がヘルゼーンを突き刺す。
 ……おほん、とヘルゼーンは咳払いをした。

「あれだけ強烈な力が使われば、このヘルゼーンさんが見逃すはずないでしょう。調べてみれば、異界の秘宝なる物が秘密裏に運ばれ、封印されるっていう話でしょ。さらに調べていくと運んだのはラスティンやってる、家出もとい城出した皇子と元神官。何かあったな、と思ってまた調べると――」
「もういい」
 長々と説明するヘルゼーンを遮ってリュ―クは告げた。
「で? フウエン孤島のメイシュとは何だ?」
「優秀っていうだから、それくらい知ってるよな?」
 ライドの言葉にヘルゼーンは深く頷いた。

「メイシュとは冥主。大昔に封じられた魔族の、魔獣の長。本当に昔の、古代の話だから知られてないけどねえ、フウエン孤島に封じられてたみたい」 「みたい、って……」
 ライドは嫌な予感に眉をひそめた。
「解放されたというのか」
 リュ―クが疑問をぶつける。

「半分はね」
「半分?」
 ヘルゼーンは肩を竦めて答えた。
「長年、封じられてたせいか、封印が弱まっても力不足のようね」
 その言葉にライドは気付いた。
「それで闇の秘宝を――!!」

 闇に属する者にとって力の源ともいえる秘宝。

 ご名答、とヘルゼーンは拍手する。
「で、どうするのかなあ?」
「ケリ、つけるに決まってんじゃん」
「人をこけにしてくれた礼はしないとな」
 フフフフ……と不気味に笑い出す二人。
 その様子を見ていたヘルゼーンは軽く息を吐いた。
「なんだか、ガラ悪くなってるわねぇ」
「変態に言われたくない」
 はっきりとリュ―クは言った。
「イヤァ〜ン、ヘルゼーンさん傷付く〜ぅ」





「で、何故、お前までここにいる?」

 ライドとリュ―クはあれからフウエン孤島に向かって出発した。
 彼らは深い恨みのおかげか一週間の行程を五日にまで縮めることに成功して辿り着いたのである。
 今、リュ―クがいるのはフウエン孤島の対岸になるパルルック海岸であった。

「嫌だわ〜ぁ、堅いことなしよ、神官クンったら?」
 そして、何故かヘルゼーンもいる。
「……」
「リュ―ク」
 近くの街から戻ってきたライドがリュ―クに駆け寄り、呼びかけた。
「駄目だ。どの船も孤島にはいかないって」

 魔族の、魔獣の長が封印された島。
 誰ひとり近づこうとしない、どんなに時が流れようとも。
 封印が弱まっていることを本能的に感じ取って、人々は余計に孤島を恐れている。

「まぁ、当然でしょ。誰だって怖いの嫌だものねえ」
 ヘルゼーンは軽く肩を竦めた。
「――なんで、こいつまでここにいるんだ?」
 ライドはヘルゼーンを指差し、リュ―クに尋ねた。
「皇子サマまでひっどぉい〜」
 ヘルゼーンは反論を述べた。
「ヘルゼーンさん、優秀な魔術師よぉ。足手まといにはならないってば」

(そうじゃない、そうじゃない)
 内心、ライドは手を振って否定する。
(足手まといとかそういう問題じゃなくて精神的に疲れを覚えるだけなのに)

「ライド」
「うん?」
「フウエン孤島までどうやって行く?」
「う〜ん、そぉだなぁ――」

 ここがアルスハル皇国ならまだどうにかできたはずだ。だが、いくら同盟国ラシェルマタでも、無茶は出来ない。
 自分たちの正体が判ったらどうなることか。
(そうなると――)

「やっぱ、アレしかないか……」
「ライド?」
 うん、とひとつライドは頷くと歩き出した。
「精霊に手伝ってもらおう!」
 ライドは波打ち際まで来ると静かに瞳を閉じた。

 ――お願い。俺の望みを叶えて、海の精霊よ。路を。闇に属する存在を討つために。

 波の音に紛れて小さな声が届く。

 ――危険を知りながら行くのですか、愛し子よ。自らの宿命ゆえに……。
 ――違う、違うよ。俺が決めたんだ。

 不意に精霊が笑う声がした。

 ――本当に、あの存在が貴方を選びなさったはず。まこと、今では珍しい程の無垢な魂……。

 ライドは少し憮然としてしまう。
 選ばれたのは全く、不本意――あるいは不可抗力――だったからに過ぎない。
 しかし、精霊は意に介さず、告げた。

 ――いいでしょう。お行きなさい、愛し子よ。貴方の望むままに。

 刹那、激しい波音が轟いた。
 背後で、リュ―クとヘルゼーンが息を呑む気配がした。
 ゆっくりとライドが瞳を開けると目の前の海が二つに裂かれていた。
「さすが、ね……」
 ヘルゼーンが感嘆の色の声で呟く。

「アルスハル皇族の中でも始祖の血を最も色濃く受け継いでる者と言われるだけのことはある――」
 いつになく、真剣な声音にリュ―クはヘルゼーンを見た。
 真面目にしていれば、皇帝の片腕の魔術師らしくもないことはない。
 そうリュ―クがヘルゼーンを少し見直した瞬間。

「皇子サマ、すごぉ〜いっ! ヘルゼーンさん、感激っ! うっとりしちゃうっ!!」

 リュ―クは前言を撤回した。

 ライドはヘルゼーンを無視してリュ―クに言った。
「行こう」


「……確か、封印は解けてないんじゃなかったけぇ!? この、大嘘つきっ!!」
 ライドはヘルゼーンを罵倒した。
 同時に狼に似た獣の首を斬り飛ばす。
 胴体と離れた首は血飛沫を撒き散らして地に転がっていく。

「ひっど〜いっ。ヘルゼーンさん、嘘は言ってないわよぉ。封印は弱まってるとは言ったけどぉ」
 ひょいひょい、とヘルゼーンは襲いかかる魔獣の攻撃を身軽に躱す。
「『煉獄の主にして猛き獣、その吐息を持ちて 業火を我が前に』!!」
 禁呪による紅蓮の炎が魔獣を消し炭に変える。
「詭弁だな」
 魔獣を焼き捨ててリュ―クが冷ややかに言った。

「全く、全くっ」
 ライドは剣を振り回した。
「邪魔なんだよ、お前らっ!」
 怒りの一撃だった。
 次々と魔獣たちの亡骸が積み重なる。
「きゃあぁ〜んっ!! 皇子サマ、カッコいいっ!! 神官クンもサイコーっ!」
 黄色い叫びにライドは脱力して肩を大きく落とした。
「――逃げたか」
 冷静に状況を述べたのはリュ―クである。
 ライドの気迫を恐れたのか、はたまた別の理由からか、魔獣たちの攻撃は止んでいた。

「リ、リュ―ク〜ぅ、俺、もうコイツ……やだぁ」
 ライドに泣きつかれてリュ―クは沈黙した。
 嫌だ、と言われても自分にどうしろというのか――第一、自分だって関わりたくない。
 ヘルゼーンは楽しそうに辺りを見ている。
 そして、リュ―クはライドの城出の理由はこの男じゃないだろうかと不意に思った。
「皇子サマ、神官クン、どうやらあっちにここの主がいるようよぉ」

「……ライド」
 ライドはリュ―クの呼びかけに小さく頷いた。
「分かってる」
(こんなこと、一刻も早く片付けてアイツとおさらばしてやるっ)
 ライドはそう固く決意していた。

「あら、まあまあ……」
「今度は何だ?」
「行く必要なくなっちゃった」
「え?」
「だって――」
 ヘルゼーンは後ずさりながら答えた。
「ここに来ちゃったみたい」

 瞬間、ライドとリュ―クは前方を見上げた。
 巨大な影がずっしりと存在していた。
「で、でかいっ」
 一瞬、ライドは呆然となった。

「感ジル……。闇ノ波動――オ前タチ、秘宝ヲ持ッテイルナ?」

獣の唸り声に交じって頭に直接伝わる言葉に三人は息を呑んだ。
「コイツが――」
「冥主……」
「渡セ。闇ノ秘宝ヲ! 我ガ復活ノタメニッ」
 その瞬間、突如、漆黒の巨大な爪が上から落ちてきた。
「っ!!」
 咄嗟にライドたちはその場から飛び退く。
 一瞬前までライドたちがいた場所が深く抉られていた。

 冥主が大きく吠え、地が揺れた。

「ちょっ、ハンデ有り過ぎ!」
「『天を駆け巡る獣 その爪を持ちて 旋風を成せ』っ!」
 旋風が起こり、冥主に向かって襲いかかる。
 飲みこんだ物を切り裂く旋風が冥主の巨体を包んだ。
「さすが、リュ―クの禁呪っ!」
 ライドが歓声を上げた瞬間。
 冥主の赤い瞳がその輝きを増し、旋風を消し飛ばした。

「――闇の秘宝かっ」
「半分だけ、とはいえ秘宝は秘宝ってこと、ねぇ」
 弱った冥主を闇の秘宝が回復させているのだ。
 次の瞬間、冥主は黒い息を吐いた。
「毒気だ!!」
「げっ!」
(避け切れないっ!?)

「『ウィス・パラ・ディーム』!」

聞き馴れない言葉が届くと同時にライドたちの周りに薄く輝く半球形の結界が生まれた。
「魔法は疲れるのよねぇ」
 二人の横でヘルゼーンは小さくぼやいた。

「そういえば、魔術師だったか……」
 リュ―クは思い出して、腑に落ちた様子で呟いた。

「さぁて、どぉする? ヘルゼーンさんがいくら優秀な魔術師でもそぉ長く保てないけど〜ぉ?」
「んなこと言ったって――」
 次の刹那、影が落ちる。冥主の足がライドたちを踏み付けようとしているのだ。
「このままでは死ぬな」
 リュ―クは冷静に告げた。
「リュ―クっ!! 悠長に言ってる場合かよっ」
 ライドはリュ―クに怒鳴ると悔しそうに歯噛みした。

「ちっくしょー! おい、ヘルゼーン! アレ、持って来てるんだろっ!? 早く出せっ」
 名前を呼ばれたヘルゼーンは薄く笑った。
「意地を張るからですよ」
 名を呼ばないことで自分は無関係だと示していたライドに対してヘルゼーンはあるものを渡さないことで意趣返しをしていた。
 ヘルゼーンは懐から出した緑の宝石をライドに投げた。
 ライドはそれを受け取ると自分の金の腕輪の竜の眼のくぼみにはめる。
「出て来いっ!!」

 刹那、腕輪から黄金の光が炸裂した。

「ナ……ニ? コレハ、コノ波動ハ――光ノ!?」
 光が凝縮し、ひとつの形を造る。
「闇の秘宝と対を成す光の秘宝――。それは代々アルスハル皇族に継承されて来た。現継承者ライド殿下は歴代の継承者ですら成し得なかったことをした――」
 歌うようにヘルゼーンは朗々と呟く。
「それは――光の竜の顕現」
 ライドたちは巨大な竜の頭上に乗っていた。
 金の鱗と緑の瞳、そして光の翼を持つ獣。
「うるさい、ヘルゼーン。とにかく、俺はアイツをぶっ殺す」
「同感だな」
 ふっふっふっふっふっ、と復讐の炎をライドとリュ―クは背負って告げた。
「行くぞっ!!」

 ライドは跳躍し、冥主の目に向かった。
 冥主はライドを打ち落とそうとしたが、竜に阻まれる。
 そして、ライドは剣を冥主の右目を貫いた。
「『暗き空を引き裂く、閃光の嵐 その熱を持ちて 焼き尽くせ』っ!!」
 次いでリュ―クが禁呪を唱え、ライドは剣を手放す。天井を破って雷撃の嵐が冥主を撃った。
 絶叫を上げながら冥主は闇雲に暴れる。
「うわっ!」

 冥主の爪がライドを掠め、半分の女神像がこぼれ落ちる。
冥主の左目がそれを捕らえた。
 そして、冥主の手が女神像を掴もうとした直前。
「『フィオス・ヴァル・ディギット』ッ!!」
 ヘルゼーンの攻撃魔法に女神像ごと冥主の腕が四散した。
 竜の手に救われたライドはそれを見て叫んだ。

「止めだっ! 行っけえ〜ぇ!!」
 次の瞬間、光の竜が吠えた。
 同時に黄金の炎が冥主を包む。
 光の炎に冥主の身が引き裂かれ、崩れてゆく。

 そして、爆発するような閃光と断末魔の声が孤島中に響き渡った――。



「沈んだね……」
「そうだな。見事に沈んだな」
 パルルック海岸でライドとリュ―クはしみじみと呟いていた。
 パタパタ……と小型化した金色の翼竜が気持ち良さそうに二人の周りを飛んでいる。

「な、な、なんてことをっ」
 愕然としていたのはヘルゼーンであった。
 不可抗力といえ仮にも一国の皇子が同盟国の島を沈めてしまったのである。
(こ、こうなったらっ)
「さあさあ、皇子サマ王宮に帰りましょうっ」

 ライドは無言でヘルゼーンを見た。
 すると、竜がベチャ、とヘルゼーンの顔に体当たりをした。
「きゃああっ!」
 ヘルゼーンは大げさなほど驚いて暴れた。
 しばらくして口笛が届くと竜はあっさりとヘルゼーンから離れた。
「皇子サマ?」

 ライドとリュ―クがいなくなっていた。
 黄金の竜を目で探すと、かなり離れたところに立って竜を迎えたライドとリュ―クがいた。
 ライドは手を大きく振っている。
「そ、そんなのって……」
 そして、二人は背を向けて歩き出していく。


」 「そういやさぁ、今回の依頼料ってどうなるの? 支払う人、死んじゃったんだよな……」
「――」
「も、もしかして、……なし?」
 リュ―クは答えなかった。

「そんなああああ――!!」
「ずるいいいいい――!!」

 二つの絶叫が仲良く重なった――。


〜終わり〜




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