鳥は歌い、樹は奏で(前編)





 伝えたいことがある。
 伝えなくてはいけないことがある。
(なのに)
 何故、体が動かないのだろう。
 何故、こんなにも寒いのだろう。
 自問に対する答えは視界の片隅に入った赤。
(あぁ……)
 涙が零れた。
 ほとんど意味をなさない浅い呼吸を繰り返して、彼女は絶望に目の前が真っ暗になるのを感じた。
 冷たい石畳は体温を奪い、彼女の残された気力を削り取っていく。
 一瞬、脳裏に浮かんだ面影に、彼女の手がぴくりと動いた。だが、それだけだ。
(ダメ……このままでは死ねない)
 しかし、決意とは裏腹に彼女は間違いなく死に直面していた。

 こつ。

 不意に聞こえた靴音に、彼女はわずかに視線を上げた。そして、彼女は心の中で溜め息を吐いた。
(ああ……)


 死神が来た。








「嘘だ……」
 空虚な声が自分の喉から漏れたものだと彼が気づいたのは一拍置いてからだった。
「リウエル」
 躊躇いがちな呼びかけに、彼――リウエルはゆっくりと視線を巡らした。
「叔父上」
 ぽつりと呟いて、リウエルの痩身の男を見つめた。次いで、彼の表情が歪む。
「これは悪い夢ですよね。こんな、こんなことが」
 くしゃりと前髪を掴み、リウエルは首を振った。
「リウエル、できるなら私もそう思いたい。だが――」
 苦渋が滲んだ声音に、リウエルは緩々と視線を戻した。
 目の前の寝台に一人の少女が横たわっていた。
 彼のたった一人の妹。
 両親亡き後、彼の生き甲斐だった大切な妹。
「どうして」
 震える指先でリウエルは妹の頬に触れた。
 記憶に残る温もりはなく、柔らかささえない。
 まるで精巧な人形のようだ。
 否、ある意味そうなのだろう。伝え聞いた妹の最期では到底こんな綺麗な状態であるはずがない。
 背後から一撃。それでも辛うじて息があった妹は必死で逃げて、逃げて、ついに追い詰められた。
(何故)
 行儀見習いの一環として城の侍女として働いていた妹は久しぶりの休みで帰ってくるはずだった。
 その途中での悲劇。
 実家である屋敷の近所まで来ていたのに。
 リウエルはそっと妹の手を握った。そして、ぴくりとも反応しない冷たい手に唇を噛み締めた。
 小さい頃、寂しがりの幼い妹は手を繋いでやると、決まって嬉しそうに微笑んで握り返してきた。
 それが、ない。
 もう二度と笑わない。
 何もしてやることができない。
 ぽたりと大粒の雫が寝台のシーツの上に落ちた。
 リウエルは静かに妹の巻き毛の黒髪を梳き、半身を倒して永遠に開かれることのない瞼に優しくくちづけた。
「……守ってやれなくて、ごめんな」
 届かない言葉を小さく囁き、リウエルは身を起こした。
「叔父上、妹を殺した犯人は捕まったんですか?」
 冷ややかな声音に、リウエルの叔父アルバートはわずかに眉をひそめた。
「いや」
 その答えに、リウエルは表情を険しくした。
「何故です!?」
 鋭い追求に、アルバートはたじろいだ。
「目撃者や手掛かりは!?」
「それは――」
 リウエルは双眸を細め、更に言葉を重ねた。
「叔父上、何を隠しているんです?」
 アルバートは城の出入りを許されている数少ない商人だ。情報網や人脈も幅広い。何か知っていてもおかしくない。
「叔父上」
 静かな気迫が籠もった呼びかけに、アルバートは困ったように頬を掻いた。
「大きな声では言えんのだが」
「最初から大っぴらに話す内容ではありません」
 一蹴され、アルバートは絶句する。
「……現場にはある物が残されていたそうだ」
「証拠品、ですか」
「いや……証拠品と決まった訳では――」
「叔父上」
 リウエルは薄く微笑んだ。
「何が残っていたんです?」




 数週間後、リウエルは城にいた。








「おーい、新人!」
「『新人』じゃありません。俺は『リウ』です」
 仏頂面での返事に、文官は軽く笑った。
「あー、悪いね。私は名前覚えるの苦手でねー」
 思わず、『リウ』――リウエルは溜め息を吐いた。
「……で、何ですか?」
「この文書をさ、第二監査室北方関税部に届けてくれる?」
 そして、差し出される厚い書類の束。
「終わったら、休憩に入っていいから」
 リウエルの手に書類を半ば押し付け、文官は自分の仕事に戻っていく。
 その後ろ姿を見送り、リウエルは小さな溜め息を吐いて踵を返し、歩き出した。
 叔父から知らされた証拠品――それは城の騎士の制服だけに付いている釦だった。
 妹を殺したのは城の騎士。
 だとしたら、その理由が問題だ。
 妹は恨みを買うような子ではない。考えられるのは王宮の諍いに巻き込まれたことだ。
 建国王である現王は若く、その治世は磐石と言い難い。醜い権力闘争が裏側で行なわれているのだ。
 それを危惧してアルバートは言葉を濁したのだ。
 正攻法で犯人が見つかったとしても上層部からの圧力がかかれば、簡単にもみ消されてしまうだろう。それどころか、犯人を追い詰めようとする者まで危険に晒される可能性も高い。
 しかし、リウエルは諦めることはできなかった。
(どうあっても犯人を裁くことができないなら、俺が裁いてやる)
 リウエルは不意に強く拳を握り締めた。
 大切な妹を奪った相手を許すことはできない――何があっても、絶対に。
 そして、渋るアルバートを説き伏せ、彼の人脈を使い、リウエルは王宮に文官助手として潜入を果たした。
 妹の敵を討つために。
(だが)
 いつの間にか険しい顔になっている自分に気づき、リウエルは大きく息を吐く。
(叔父上には迷惑はかけられない)
 そのために、戸籍を偽造した。名前を『リウ』にしているのは全く別の名前だと咄嗟の時の反応しきれない可能性を考えた結果だ。
 『嘘』を『真実』と他者に思わせるために必要なのは『真実』を織り交ぜること。
 結果、リウエルは上手く王宮に馴染み始めていた。
 叔父が紹介し、リウエルの王宮潜入の手配をしてくれた相手が内務長官であったことも影響しているだろう。初めて引き合わされた時、リウエルは驚いたものだった。
 これまでリウエルは叔父の仕事を手伝ってきたが、内務長官と取引があったことは知らなかったのだ。
 疑問に思ったリウエルが問うと、アルバートは苦笑を滲ませながら答えてくれた。
『奥方に知られたくない物を提供しているんだよ。希少価値のある宝石とかね』
 遠回しな言葉でリウエルはすぐに納得した。
 どうやら内務長官には愛人がいるらしい。その贈り物を買っていることを叔父は知っていて黙っているのだ。
 おそらく今回のことも、このことを材料に持ちかけたのだろう。取引は商人の得意分野だ。素知らぬ振りで自分の都合の良い状況まで持ってくる。
 そして、王宮に見事入り込んだリウエルだったが、妹の死に関わる妙な情報は一切掴めていなかった。
 苛立ちだけが募ってくる。
 妹の死は不幸な事件として受け止められている。
 人々にとってはあくまで他人事であり、自分たちの身近に犯人がいる可能性があって、それを狙っている『兄』がいることも知らない。
(焦っても仕方ない、か……)
 小さく溜め息を吐き、リウエルは目的の部屋に到着した。
「失礼します」
 一言断りを入れて、リウエルは扉を叩き、開けて室内に入る。
 『第二監査室』と表札がかかった部屋の中は騒々しかった。
 誰もリウエルが来ても注意を払おうとしない。
 しかし、リウエルも慣れたもので勝手に北方関税部の場所へと向かった。
「すみません、第四調査室からです」
 受付にいた事務員に書類の束を渡すと、相手は手際良く机の片隅に置いてある紙片に受領印を押した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 厚い書類の束の代わりに、薄い紙片一枚を手にリウエルは退室する。
(とりあえず、休憩か……)
 ふと窓の外を見ると、日差しは大分傾いていた。
 少し早いが、今のうちに食堂で夕食を摂っておくべきだろう。
 夕方前の食堂はリウエルが思っていたより人が入っていた。
 手早く食事をして、早々に出ようとしたリウエルの耳に聞き慣れた名前が飛び込んでくる。
「!」
 思わず、足を止め、視線を巡らすとちょうど食堂に入ってきたばかりの侍女たちが席を探しつつ、話している最中だった。
「ねぇ、それで見つかった訳? あの子が手当てしていた小鳥」
「ダメ」
「餌を取り替えようとして、逃げたっきり」
「ふーん、じゃあ、もう傷は治っていたんだ?」
「だったら、別に探さなくてもいいんじゃない?」
「でもね、一応、約束した訳じゃない? 家に帰っている間、世話をするって」
「逃げたら、どうしようもないじゃない」
「そうなんだけどね〜」
 妹と同じ年頃の少女たちの会話に、リウエルは無意識のうちに脱力していた。
 ようやく妹に関する情報が入ったかと思えば、何でもない。どう考えても、王宮の権力闘争に繋がる内容とは思えない。
 だが。
(あの子らしいな)
 傷ついた小鳥を手当てするなど、優しかった妹らしい行動だった。
 外に出ると、薄闇が広がりながらも、まだ明るかった。
 真昼の日差しより薄闇の紗幕が下りようとしている空は心地良い空間を作り出していた。
 適当に歩いていると、リウエルの視界に噴水が入った。
 さらさらと清涼な水音。
 日差しを透かした水は宝石のような輝きを振り撒いていた。
 思わず、足を止め、リウエルはその幻想的な光景を見つめていた。
 その瞬間だった。


 ぴぃ、るるぅ――。


 細い、美しい音色が空気を震わす。
 視線を巡らしたリウエルの真上を一羽の小鳥が横切っていく。
 夕空に広がった、艶やかな瑠璃色の翼。
 不意に、リウエルは違和感を覚えた。
(何、だ?)
 わずかに眉をひそめ、考え込んだリウエルは小鳥の細い足に白い布が巻かれていたことに気づいた。
(もしかして)
 それは直感でしかなかった。
 見間違いだったかもしれない、考えすぎかもしれない。
 そう思いながらも、リウエルの足は小鳥の飛んでいった方へと動いていた。

「――」

 不意に、リウエルの足が止まる。
 この日聞くのは二度目になる名前が彼の体を硬直させていた。

「それで、その侍女を殺したのか」

 低音の声。
 男だ、それも若い男。
 咄嗟に木陰に隠れ、リウエルは息を潜めた。
 耳をすませて、様子を伺うと、男は誰かと話しているようだった。しかし、相手の声は聞き取れない。
(誰だ、誰なんだ?)
 逸る気持ちを抑え、リウエルは気配を殺して、木陰から覗いた。
(ッ!)
 そこに認めた姿に、リウエルは愕然となる。
 それは王宮に上がってから、幾度か見かけた姿だった。
 声を聞いた訳でも、顔を見た訳でもない。だが、この城で見間違うことなどありえない。
 白を基調とした装い。さりげなく金糸の縫い取りを施し、優雅に着こなしている。
 この城の主にして、若くして至上の地位に即いた人物。
 何が起こっているのか、リウエルは分からないまま、その場から離れる。
 何故か、これ以上留まることができなかった。そうしなければ、喚き散らしそうだった。
(何を、何を考えた!?)
 口元を引き締め、リウエルは噴水の所まで戻ると、半ば倒れそうに座り込む。
 眩暈がした。
(殺した、と言っていた)
 無感動な響きを思い出し、リウエルは背筋を震わせる。
 恐怖ではない。恐怖ではありえなかった。
(王が、殺させた――?)
 全身に及びつつある震えは嵐にも似た感情の昂ぶりを示していた。
 何故と音もなく喘ぐように呟き、リウエルはかぶりを振る。
 理由など、どうでもいい。問題は本当に王が妹を殺した――正確に言うなら殺すように命じたのか、それに限られた。
(王が)
 リウエルは唇を噛み締めた。
(王が、殺して、王が殺し――)
 そうと決まった訳ではない。
 分かっているのに、リウエルの頭では一つの言葉がひたすら巡っていた。
 視界が回る。
 ふらついた拍子に、懐から短剣が滑り落ちる。
 それは亡くなった両親の形見だった。
 二人の最期を看取った叔父が渡してくれた、飾り気のない短剣。
 しばし、茫然と短剣を見つめていたリウエルはおもむろに手を伸ばした。
『リウエル、決して早まるなよ』
 そう忠告してくれた叔父の顔が一瞬脳裏に横切る。
(叔父上)


『兄様』


「!」
 その瞬間、リウエルは短剣を掴み取り、踵を返していた。
 躊躇いはなかった。
 頬を掠める小枝に傷を負っても、リウエルは怯まなかった。
 そして、再び見えた白い姿に、周囲の光景が消える。
 手に力が籠もり、リウエルはそのまま飛び出た。
「!?」
 突然現れたリウエルに王は驚愕に固まる。そして、その手に握られた短剣の切っ先が自分に向けられていることに気づいた。
 リウエルは迷うことなく、懐に飛び込み、その銀色の刃を相手の体に埋めようと動いた。


――兄様!


 まるで雷に打たれたかのような衝撃だった。双眸を見開き、リウエルは動きを止めた。
 短剣は紙一枚の隙間を残して、止まっていた。
(何故)
 奇妙な静寂だった。
 聴こえるのは風に揺れる木々の音と、自身の荒い呼吸。
 完全に硬直し、そして、そのことに戸惑っているリウエルを見つめ、王は静かな溜め息を吐いた。
「――黄昏は『逢魔が時』と言うが、これは少々冗談が過ぎる」
 小さく呟き、王はゆっくりとリウエルの手から短剣を奪った。
 その動作を眺め、リウエルは改めて国王を見つめた。
 白い装いは薄闇の中でも一際白く輝いて見えた。
 しかし、それは衣装のせいではない。身に纏う者から発せられているのだ。
 長く伸ばした淡い栗色の髪は首筋で一つに括られ、穏やかに見つめている深緑の瞳には底知れぬ知性と圧倒的な力に満ちていた。
 年はリウエルより少し上のように見える。だが、実際はもっと上のはずだ。かろうじて、若々しい容貌に不釣合いな落ち着きだけがそれを物語っていた。
(これが、王――)
 異邦より訪れ、戦乱に苦しむ地を平定し、安寧を齎した英雄。
 数々の奇跡を導き、恒久の平和と安寧を実現させようとしている、存在。
 城で密やかに囁かれている目の前の人物を指す敬称を思い出し、リウエルは苦いものを感じた。
「何故……?」
 無意識のうちにリウエルは呟いていた。
 怪訝そうに王は眉をひそめた。
「何故、殺した――」
 その言葉に王はリウエルを凝視し、かすかに笑った。
「必要だから、だ。一つの死で、多くの命が救われるなら、それが最小の犠牲なら、私は躊躇わない」
「だから!」
 リウエルは思わず叫んでいた。
「だから、妹を殺したのか!」
 激しい詰問に、王はわずかに表情を強張らせた。
「妹?」
 その瞬間、リウエルは我を忘れて、王に掴みかかった。
「とぼけるな! あんたがさっき言ったんだ!!」
「では、君は」
 不意に王は言葉を途切れさせ、リウエルの身を引き寄せる。
「!?」
 直後、二人の立っていた背後の気に数本の矢が突き刺さる。
「な!?」
 驚きに固まるリウエルの手を振り払い、王は依然として落ち着いた様子で溜め息を吐いた。
「やれやれ、これが狙いだったのか」 「あんた、何を言って」
 そして、リウエルはいつの間か周囲を囲まれているのに気づく。
 一分の隙間もなく、取り囲んでいるのは城の騎士たち。
 一瞬、リウエルは王の護衛かと思うが、即座に否定した。
 騎士たちは抜き身の剣を彼らの主に向けていた。
「……どういうことだ?」
 低く尋ねると、王は全く動じた素振りもなく答えた。
「利用されていた、ということだよ」
「――俺が?」
「あぁ」
「誰に?」
 その瞬間、王は苦笑した。
「さて? それは私も知りたいところだ。だから、後で協力してもらえると嬉しい。何せ」
 くすりと笑い、王は悠然と騎士たちを見つめ返した。
「彼らが話すことはないであろうから」
 次の瞬間、突風が吹き荒れ、激しく木々を嬲る。
「!?」
 圧力を伴うような風から視界を庇ったリウエルは目の前の光景に言葉を失った。
 王は風の影響を受けることなく、むしろ悠然とした佇まいで立っていた。
 ゆっくりとその片腕が上がる。
 そして、指先に生じる白金の雷光。
 リウエルが疑問に思うより早く、白金の雷光は風花のように宙を舞い、騎士たちを包み込む。
 次いで、響き渡ったのは動揺と驚愕の色が濃い叫び。
 王はかすかに口元に笑みを浮かべた。
 その笑みに応じるがごとく、突風が掻き消える。直後、重い音を立てて、騎士たちが次々と地に倒れ伏していく。
(何が、一体……)
 茫然としているリウエルとは対照的に、王は静かに腕を下ろして平然と騎士たちを見下ろした。
 超然とした姿は畏怖を呼び起こす。
 その場にいるだけで他を圧倒する絶対の存在感。
 リウエルは無意識のうちに息を呑んだ。
 倒れた騎士たちの体は痙攣していた。まだ息はあるようだ。しかし、身を起こすことも声を発することもできないでいる。
「……本来なら、死罪であってもおかしくないのがな」
 それは傲慢な、不遜すぎる言葉だった。
 だが、誰も否定できない。誰も、君臨者である彼の言葉に異を唱えることができなかった。
 そして、王は改めてリウエルを見やった。
 思わずリウエルは大きく震えた。
「俺は、どうする気だ?」
 リウエルもまた騎士たちと同じように命を狙った者だ。
「どう?」
 くすりと王は静かに微笑む。
「自らの意志で刃を向けた彼らと、暗示という策謀で刃を向けた君は違うだろう? それに、君は途中で止めた。それは好意に値するよ」
 それまでの威圧感が嘘のように、王は朗らかに告げた。
「暗示……?」
 呟き返して、リウエルはようやく自分の身に起こっていたことを理解した。それと同時に、押さえ切れない疑問が沸いてくる。
「あんたは、誰だ……?」
 不意に零れた問いに、王は薄く瞳を伏せて答えた。
「――私はこの地より争いをなくすことを願い、それを為すために王となった者だよ」
 驚きを込めて、リウエルは王を見つめた。
 不思議な感慨が全身を包み込んでいく。
 その時、王の背後にリウエルは違和感を覚えた。
 陽が沈むにつれ、木々の間の影は深まり、闇へと変わっていた。
 その闇の中、星のような煌きが見えた。
 それが何であるか、理解するより先に体が動いていた。
「ッ!」
 空を斬るような音。
 草を踏みつける音。
 驚愕に見開いた深緑の瞳の中に、リウエルは自分が映りこんでいるのを見た。
 次の瞬間、リウエルは左胸に鋭い痛みを覚えた。それは瞬く間に熱に転じ、痺れるような衝撃を齎す。

「――!!」

 鋭い矢に射抜かれ、ずるりと崩れ落ちるリウエルの体を横から王が支えた。
「まだ、いたのか!」
 王は小さく舌打ちをし、自身の油断を悔やむと同時に素早く視線を巡らす。
 だが、来るであろう次の攻撃はいつまで経ってもなかった。
「――?」
 訝しげに眉をひそめた瞬間、王は息を呑んで顔色を変えた。
 どさりと闇の奥から侍従の姿をした刺客がリウエルと王の方へ向かって倒れてきた。
「…………理由を尋ねても宜しいですか?」
 困惑を孕んだ声音を間近に聞いて、リウエルは途切れかかった意識を繋ぎ止める。
 次いで、聞こえたのは鳥の羽音。
 額に汗を浮かばせながら、リウエルが顔を上げると、一つの小さな影が自分に向かって舞い降りてくるのが見えた。
(あぁ)
 溜め息が零れた。
 瑠璃色の翼の向こうに、美しい死神が立っていた。







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