想いの温もり 後編





 一度決めたら、譲らない性格。
 それが彼に対する幼馴染みの評価だった。
「ここから、外に出るのですか?」
 部屋の扉ではなく、バルコニーに連れ出されたラクスは困惑しながら隣のキラに尋ねた。
「そうだよ。他の人に内緒で行くから」
 にこにこと笑い、キラは身軽に二階の高さがあるバルコニーから飛び降りた。
 身体能力が優れているコーディーネ―ターのキラにとっては造作もないことだ。
「ラクス」
 そして、キラはラクスを誘って、両腕を伸ばした。
 ラクスはしばしキラの顔と腕を見つめ、ゆっくりとバルコニーの柵に手をかけた。
 しかし、飛び降りようとした瞬間、裾の長いスカートが足先にひっかかり、ラクスの体が安定を崩す。
「!」
 本能的な恐怖に身を竦ませたラクスの体をキラの腕がしっかりと抱き留める。
「あ……ありがとうございます、キラさま」
 必然的に間近になったキラの顔に、ラクスの頬がほのかに朱に染まった。
 その反応に気づかない振りをしながら、キラはラクスの足を地面に下ろす。
「大丈夫?」
「え、えぇ」
 キラは微笑んで頷くと、ラクスの手を引いて歩き出した。
 それに抗わず、ラクスは従いながら、空いている手で自分の胸を抑えた。
 そして、ちらりと先に進むキラの背を見る。
 記憶を失い、ここがどこかも知らない。
 なのに、それを不安に思うより、目の前の少年のことが気にかかって仕方ない自身にラクスは驚いていた。
 繋いだ手の温もりが、とても嬉しい。
 だが、何かがラクスの心の奥底で不満を訴えている。
 その正体を理解するより、ラクスの体は動いていた。
 歩く速度を速め、キラの隣に並ぶ。
「ラクス?」
 それに驚いて、キラは一瞬紫色の瞳を見開いた。
「……何でもありませんわ。なんとなく、です」
 それは嘘だった。
 隣に並んで、ラクスは不満の正体に気づいた。
 隣がいいのだ――後ろではなく。
 ただ、それだけのことだが、それを口にするには何故か躊躇われた。
 しかし、口に出さなくても伝わってしまったようで、キラはくすくすと小さく笑い出す。
 ラクスは唐突に沸いた羞恥心を押し殺そうと口元を引き締めた。しかし、薄っすらと朱に染まった頬は隠せない。
 その表情が更にキラの笑いを誘っていることをラクスは知らなかった。
 そうしているうちに、唐突に視界が開ける。
「まあ……!」
 思わず、ラクスは感嘆の声を上げていた。
 目の前に広がった光景に、意識を奪われる。
 二人はいつの間にか海岸線に突き出た岩場まで来ていた。
 目の前に広がっているのは一面の蒼。
 遠くまで続く海の蒼さは場所によって色の深みが変わっており、日差しを反射してキラキラと輝いている。
 雲一つない空はどこまでも高く、澄み切った蒼さは吸い込まれそうなほど優しい色をしていた。
 その空と海は水平線で一つに溶け合っている。
「気に入ってくれた?」
 楽しげな声に、ラクスは満面の笑みで答えた。
「はい!」
「そう、良かった」
 そして、ラクスは気づく――微笑むキラの視線は目の前の風景ではなく、ラクスに注がれていることに。
「あの、キラさま……?」
「ここはね」
 にこりとキラは微笑みながら続けた。
「僕が一番気に入っている場所なんだ」
「そう、なのですか?」
「うん。この蒼色が、好きなんだ」
 そう告げる視線はやはりラクスに向けられたままで。
 何故だか、ラクスはひどく緊張してきている自身に驚いて動揺した。
 思わず、後ずさった瞬間、ラクスは足を滑らせ、吹き付ける潮風に包まれる。
「!」
「ラクス!」
 咄嗟に伸ばされた手がラクスの腕を掴む。
 しかし、引き戻すほどの力はなく、助けようとしたキラごとラクスは海の中に落ちた。
 一瞬、混乱して溺れかけるラクスをキラが海面に引き出す。
 そうして、ラクスは落ちた場所が浅瀬だったことに気づいた。
「大丈夫、ラクス? どこかぶつけてない?」
「え、ええ、わたくしは大丈夫です」
 ふと顔を上げたラクスは濡れて落ちてきた髪を掻き揚げるキラの手に赤く滴り落ちるものを見つけて青ざめた。
「キラさま、怪我を……!」
「え、あぁ、大丈夫。そんなに深くないし」
 平然と笑って答えるキラに、ラクスは唇を噛み締めた。
「――どうして」
「え?」
「何故、キラさまはわたくしを助けてくださるのですか?」
 束の間、キラは思いがけないことを聞かれた風情で言葉を失う。
 しかし、すぐに我に返り、静かに微笑んだ。
「ラクスが僕を助けてくれたから。それに、僕が助けたいと望むから」
 まっすぐな言葉に、今度はラクスが言葉を失う番だった。
「ラクスの方こそ、どうして僕を信じてくれたの?」
「?」
 キラは微笑みながら続けた。
「記憶を失って、何も分からないのに、どうして僕とここにいるの?」
「それは……」
「それは?」
 答えを促され、ラクスは考え込む。
 ラクスがキラを信じた理由――それは。
「……手……」
「うん?」
「キラさまの手が温かったから……」
 信じていいと――その温もりを。
 離してはいけないと――その手を。
 記憶に残っていなくても、体が覚えていた――その愛しさを。
 そして、ラクスは微笑むキラを改めて見やった。
「貴方は誰ですか……? 貴方はわたくしの何――?」
 そして。
(わたくしは貴方の何――?)
 キラはくすりと小さく笑った。
「その答えはラクスの中にあると思うけど?」
 陽光に反射する雫と、濡れて尚輝く紫色の瞳に、ラクスは見惚れた。
「とりあえず、帰ろう。いつまでも、ここにいたら風邪をひくよ」






 出てきた時と同じようにバルコニーから部屋に戻った二人はそこに待ち構えていた一組の少年少女に固まった。
「キラ! ラクス!」
「お前、どこに行っていたんだ!?」
 怒りと心配が混在した声に、キラは苦笑した。
 記憶を失っているラクスは緊張した面持ちで、キラの背にやや隠れるように下がった。
 その反応に、アスランが気づいて眉をひそめる。
「しかも、何だ、そのずぶ濡れは!?」
 信じられないと琥珀の瞳を見開いてカガリは問い詰めた。
 しかし、キラはさらりと答える。
「海に行ってきたんだよ」
「海〜? お前、まだ泳ぐにはちょっと早いぞ」
 そして、カガリはキラの傍らにいるラクスを見た。
「あーあ、ラクスまでずぶ濡れ。ちょっと待ってろ、確か、こっちにタオルがあったはずだ」
 呆れ切った様子で溜め息を吐くと、カガリは部屋のクローゼットに向かった。
「それで、キラ?」
「ん?」
「ラクスは大丈夫だったのか」  意識を取り戻しているのは見れば分かることだが、それにしても妙な様子のラクスをアスランは言外に指摘した。
「……やけにラクスの心配をするね」
 次の瞬間、アスランの顔が歪む。
 何を言い出すのか、この幼馴染みはと睨みつけて答えた。
「会議の最中も、ずっとカガリが気にしている。さっきも、お前たちがいないからひどく心配していたんだぞ」
「あー、うん、心配かけてごめん」
「全くだな」
 大きく肯定するアスランに苦笑し、キラはラクスに視線を向けた。
「ラクス、彼はアスラン、僕の友だち。で、あっちにいるのがカガリ、一応僕の姉?」
 その言葉を受けて、ラクスは安心した様子で微笑みを浮かべた。
 今更の紹介に、アスランは訝しげに眉をひそめる。
「キラ?」
「あ、うん、ラクスは只今記憶喪失中」
 あっさり言われた内容をアスランが理解するのに数秒が必要だった。
 その間に、カガリがタオルを持って戻ってくる。
「ほら、タオル」
「ありがとう」
 カガリからタオルを受け取ると、それをキラはラクスに渡した。
「キラさま」
「とりあえず、拭いてからね」
「はい」
 こくりと頷いて、ラクスは素直に従った。
「……キラ、ラクスが記憶喪失って」
 ゆっくりと声を潜め、アスランは真剣な表情でキラに確認する。
 対して、キラはおっとりと応じた。
「うん。たぶん、一時的なものだから大丈夫だよ」
「いや、しかし……一応医師に見せた方がいいんじゃ」
 思わず、キラは視線を遠くにやる。
(この場合の原因って……)
 まだラクスの異変に気づいていないカガリはもう一枚タオルを持って来て、ラクスの長い髪から水気を取るのを手伝っていた。
「後で、着替え持って来るから」
「ありがとうございます」
 ごく自然と礼を言ったラクスは、カガリの表情がどこか浮かない様子なのに気づいて小首を傾げた。
「どうか、なさいましたか?」
「ラクス、ごめん」
「え?」
 何のことか分からず、ラクスはじっとカガリを見つめた。
 その眼差しにカガリはいたたまれなくなり、心持ち視線を逸らした。
「ほら、私が作ったクッキー……」
「クッキー?」
 不思議そうに繰り返したラクスはふと近くのテーブルにクッキーが乗った皿を見つけた。
「クッキーがどうかなさったのですか?」
「……まずかった、だろ?」
 とても言い難そうに呟くカガリを見つめ、ラクスは首を傾げた。
 皿に乗っている星型のクッキーは可愛らしく、とても美味しそうに見えた。
「このクッキーのことですか? 美味しそうにできていると思いますけど――」
 少々はしたないかと思いながら、ラクスはクッキーを一枚手に取り、一口食べてみる。
 その気配に気づいて、カガリが視線を向けた瞬間、ラクスは昏倒した。
「わああっ、ラクス!!」
 慌てて腕を伸ばして、カガリは倒れるラクスを支えようとした。
 しかし、キラの時とは違い、カガリは支えきれず、そのまま倒れることになる。
「ラクス!?」
「カガリ!?」
 驚いて側に来るキラとアスランに、カガリは曖昧な笑みを浮かべた。
「どうしたんだ、突然!」
 キラにラクスを任せ、アスランはカガリを引き起こす。
「いや、ラクスがまたクッキーを……」
 途中まで言いかけて、カガリは不意に口を噤む。そして、ちらりとキラの様子を窺った。
「ラクス?」
 心配そうに呼びかける声に反応して、ラクスの長い睫が震えた。
 そして、ゆっくりと蒼い瞳が現れる。
「ラクス、大丈夫?」
 さすがに二度目となると耐性ができたのだろうか、すぐに意識を取り戻したラクスにキラは安堵の笑みを浮かべた。
 ラクスは何度か瞬いた後、緩慢な仕草で頷いた。
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ、キラ」
 その言葉に、キラは助け起こそうとして差し出しかけた手を止めた。
「……ラクス?」
「はい?」
「僕が、分かるの?」
 ラクスはきょとんと瞬いて、微笑しながら小首を傾げた。
「ええ、分かりますわ」
「本当に?」
 重ねれた問いに、ラクスは困惑した。
「キラでしょう、キラ・ヤマト」
 そして、ラクスは何かに押し出されるように続けた。
「わたくしの一番大切な方ですわ」




 そして、ラクスはキラの手に自らの手を重ねた。




テーマは「ラクス記憶喪失でキララク」。
コメディなんだか、シリアスなんだか、分かりませんが、どうにかキララクです。
っていうか、カガリのお菓子って……。<爆
ちなみに、書いてて楽しかったのは前半導入部。
意気込んで書いたのは中盤の海のシーン。
水に濡れたキラとラクスって想像した瞬間、激しくツボに入ってしまった銀月です。

マリーさん、こんなものになってしまい、申し訳ありません!
文章力がないため、表現しきれていませんが、水濡れキララク辺りがピンクっぽいかなあと思ったりしてるんですけど……。
ダメですか? ダメですよね……。<溜め息
これからも当サイトを見捨てないで、宜しくお願いします〜。


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