Web拍手SS集―9―

何でもない一日編

その1


 それは、ふと何気ないもの。
 別に意味があった訳ではなく――突き詰めて考えればあるのかもしれないが。
 特に用があった訳ではなく――あえて言うなら、それによって引き起こされる過程こそが用で。

 だから、これは不可抗力なんだと少年は思った。





 それは、ふと何気ないもの。
 たった三つの音の繋がりで――今まで何度も紡がれたものなのに、特定条件で『特別』になって。
 視界に留まるそれは見慣れたもので――無意味だと知れるそれがひどく嬉しかったりする謎を抱え込んでみて。

 だから、これは不思議なのだと少女は思った。






「ラクス」
 ふとキラの口をついて出た名前に、後ろから答えが返る。
「はい?」
「呼んでみただけ」
 ラクスの意識をこちらに向けさせることに成功して、密かにキラは満足した。
 そして、素知らぬ顔をしてゆるりと首だけを巡らす。
 キラの座るソファのすぐ背後に立ち、心持ち覗き込んでいたラクスは訝しげな眼差しをキラに注いだ。
「……おかしなキラ」
「そう?」
「お顔、真っ赤ですわよ」
 こんなに間近にいるとは思っていなかったキラは心持ち動揺していた。
「!」


 くすくすと少女は嬉しそうに楽しそうに笑い声を零す――少年に寄せる想いが齎すものに。
 どきどきと少年は頬を赤らめ、視線をぎこちなく逸らす――少女の無頓着な姿勢に。




 それは、なんでもない一日の出来事。







その2


 何度だってきっと足りない。


 思うことを声にすること。
 形のないものに『カタチ』を与えること。
 同じものなのに、生まれるたびに違うもの。

 嬉しくて。
 幸せで。

 だから、羞恥心なんて必要ないと少女は思う。



 望むものを手にすること。
 わずかな一瞬に、『永遠』を与えること。
 同じものなのに、繰り返すたびに増えるもの。

 切なくて。
 愛しくて。

 だから、躊躇なんて必要ないと少年は思う。






「キラ」
「ん?」
 呼びかけに振り向いたキラにラクスはにこりと笑った。
「大好きですわ」
 大きな音を立ててキラの手にあった本が滑り落ちる。
「なななな何、いきなり!?」
 キラの動揺にラクスはますます笑みを深めた。
「そう思いましたから言っておこうと」
 その返答に、キラの紫色の瞳が探るようにラクスを見つめる。
「……本音は?」
 心持ち低くなった声音に、ラクスはくすりと小さく笑った。
「驚くキラが見てみたかったんですの」
 ある程度、予測していたのかキラは表情を変えなかった。
「ラクス」
「!」
 咄嗟に唇に手を当て、ラクスは間近にあるキラの顔を見やる。
 そこにはキラが不敵な笑みを湛えていた。
「僕の勝ち」





 想いを言葉に変えて――それが叶う現実に喜びを。
 一瞬の温もりを重ねて――それが叶う現実に愛しさを。




 それは、なんでもない一日の出来事。







その3


 理解してもらえないのは何故だろう。



 きっと、正しいはずで。
 だって、そんな年齢じゃないし。
 ああ、このままじゃ、流されてしまう。


 少年は困っていた。



 きっと、間違ってはいなくて。
 だって、腕は動かせないと思いますし。
 あら、このままでは、冷めてしまいますわ。


 少女は困っていた。





「キラ、あーん」
 食べやすいように切り分けた料理をフォークで刺して、差し出すラクスは真面目だった。
「……ラクス」
 差し出されたキラは戸惑ったように名を呼んで、救いを求めるようにラクスに視線をやる。
 それをどう勘違いしたのか、ラクスは真剣に告げた。
「好き嫌いはダメですわよ」
「そうじゃなくて」
 とりあえず、否定はしてみたもののキラの前のフォークは一向に下がる気配がない。
「はい?」
 不思議そうに見つめてくるラクスの瞳は曇りがない。
 だが、それをうかうかと信じてしまうには少女の聡明さをおぼろげに察していたキラは躊躇った。
「分かっててやってる?」



 子どもじゃないんだし――言葉に出さない呟きは理解されず。
 温かいうちが美味しいですのに――やや的外れな正論は理解されず。


 少年と少女は困っていた。



 が。



 一番、困っていたのは目の前で繰り広げられている何とも微笑ましい子どもたちのやり取りを眺めるシーゲル・クライン元議長だった。




 それは、なんでもない一日の出来事。












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