Web拍手SS集―5―

『星に願いを』番外編

after 編


 誕生日を祝ってもらえるということはとても嬉しいことで。
 それが大切な人たちからだと、余計に嬉しいことで。
 一時は自分の存在を否定しかけたことがあっただけに、こうして過ごせる穏やかな時間が何より幸せだった。


「楽しそうですわね」
 声をかけられて、首を巡らすと、そこにはラクスが立っていた。
「うん、楽しいよ。ラクスも楽しそうだね」
 和やかに話す人々を見つめ、キラはくすりと笑って指摘した。
「ええ、楽しいですわ」
 ラクスはにこりと微笑んで肯定した。
「キラが楽しそうに笑ってくれてますもの」
 さりげない言葉に、キラは言葉を失って、まじまじとラクスを見つめた。
 ラクスはニコニコと笑っている。
「……」
 自分の発言を分かっていて言っているのか、判断に苦しいところだ。
 しばらくして、キラは考えるのを放棄した。
「それにしても、すごいね」
「?」
 苦笑交じりにキラは続けた。
「これだけ、皆が集まるのって、ちょっと考えられなかったから」
 誰もが忙しいのだ。全員集まるなんて有り得ないのに。
「ええ、大変でしたのよ」
 おっとりと呟いて、ラクスは溜め息を零す。
「皆さんに連絡を取って、予定を作るまで良かったんですけど、それを消化するのが大変で……」
 言われて、キラは改めて集まった面々を見やった。
 いつになく、弾けている感じは単にパーティーだとか、懐かしさからだとかというより苦難を乗り越えた喜びの証のような気がする。
 しかも、なんとなくではあるが、それを成し遂げさせたのが隣にいる少女のようが気がして、キラは思わず曖昧な笑みを浮かべた。
 もう一度、ラクスを見やって、キラはわずかに困惑した。
 心なしか、ラクスからいつもの落ち着きがなくなっている。
「ラクス?」
 キラが呼んだ瞬間、ラクスの華奢な肩が大きく震えて戸惑うようにキラを見つめた。
 ぎこちない微笑みにラクスの緊張が見えて、キラに伝染する。
「ラクス……?」
 再び呼びかけると、ラクスは意を決したように隠し持っていた小さな包みを差し出した。
「誕生日、おめでとうございます、キラ」
 唐突に差し出されたプレゼントに、キラは一瞬固まった。
「え、僕に……?」
 言ってから、間抜けな質問だったとキラは気づく。
 しかし、それで逆にラクスは気が緩んだのか、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「はい、キラに、ですわ。受け取っていただけますか?」
 思わず、ラクスと小さな包みを見比べて、キラは慌てて受け取った。
「……ありがとう、ラクス」
 少し恥ずかしそうに微笑むと、ラクスは花が咲き綻ぶように微笑みを返した。
「開けていい?」
「はい」
 ラクスの了承を得て、キラは慎重に包みを開いていく。
 包みの中身は品の良い革のブックカバーだった。
「色々考えて見たのですけど、結局これしか思いつかなくて……」
 申し訳なさそうに瞳を伏せ、ラクスは呟いた。
 元々物欲に乏しいキラなだけに、何を贈ったらいいのか、かなり悩んだのだ。
 物より、人を――その心や一緒に過ごす時間や空間の方をキラが大切にしていると知っているから。
 だから、多少の無理を強いてでも、皆が集まれるように計画を建てた。
 それでも、ラクスはキラに何かを贈りたかった。
「そんなことないよ、ありがとう、ラクス」
 キラの優しい言葉に、ラクスは小さくかぶりを振る。
「いいえ、そんな……本当はもっと喜んでいただけるものを見つけられたら良かったのですけれど」
 不満そうに溜め息を吐くラクスを見つめ、キラは少し思案した。
 砂糖菓子のような愛らしい容姿とは対照的に、ラクスは強情な部分を持っている。
 キラがどれだけ充分だと告げても、素直に納得してくれないだろう。
「……じゃあ、今から言う僕の欲しいもの、くれる?」
「え?」
 きょとんと瞬いて、ラクスはおもむろに頷く。
「えぇ、もちろん。わたくしで用意できるものでしたら」
 順番は逆だが、それでキラが喜んでくれるなら、それが一番だ。
「本当に?」
「ええ」
「本当に、くれる?」
「ええ」
 重ねて確かめるキラに、戸惑いつつ、ラクスは頷いた。
「あの、キラ?」
「じゃあ、遠慮なく」
 ニッコリと笑ってラクスの疑問を制すると同時に、キラはその華奢な体を抱き上げた。
「!?」
 突然、揺れた視界と不安定な体勢に、ラクスは硬直した。
「キ、キラ!?」
 まさかと思いながらラクスは間近になった少年に呼びかける。
「プレゼント、くれるんでしょ?」
 ニコニコと上機嫌で問い掛ける表情は本当に嬉しそうで、ラクスは続く言葉を失う。
 賑やかな周囲はそんな二人に気づく様子もない。否、気づいたとしても、見なかったことにするだろう。
 真っ赤になって身を強張らすラクスに、キラはにこりと笑いかけた。




after2 編


「ア〜スランっ!」
 妙に間延びした呼びかけに振り向いた瞬間、アスランはぶつかるように抱きついてきた小柄な体を反射的に受け止めた。
「えへへ」
 照れたように笑う顔はほんのり朱色に染まっていて、アスランはまじまじと見つめた。
「カガリ……お前、何を飲んだんだ?」
「えー? んと……オレンジジュースを二杯?」
 アスランは無言で視線を前にやった。
 どことなく据わっている眼差しに、うろたえる人間が約一名。
「ディアッカ?」
 低く呼びかけると、相手は慌てて言い募った。
「いやっ、あのな!? 軽いカクテルだったぞ? ただ、その前に随分飲んでいたみたいで」
「ふぅん?」
 アスランが半眼で見据えると、ディアッカは言葉に詰まった。
「だから、止しなさいって言ったのに……」
 呆れた様子で、ミリアリアは額を抑えた。
 そして、横目でディアッカを見ながら、嫌そうに口添える。
「ディアッカの言っていることは本当よ。カガリ、あっちでワイングラス数杯飲んでたらしいから――ちなみに自棄酒」
 最後の言葉に、今度はアスランが沈黙した。
 誕生日に驚かそうと立てたラクスに抗し切れず、公式パーティーを欠席したのはアスランだ。
 つまり、それがカガリの自棄酒の原因で。
 ちらりと視線を落とした先にはご機嫌な様子でくすくすと笑っているカガリの顔があった。
 おもむろに、アスランは溜め息を吐き、小さく頷く。
「……分かった」
 遠因に自身があると分かってはこれ以上何も言えない。
 その瞬間だった。
 不意に、腕にかかる重みが増す。
「!?」
 慌てて見やると、カガリはアスランに身を預けたまま眠っていた。
「……」
 思いがけない展開に、アスランだけでなく、ディアッカとミリアリアも言葉も失う。
 ほとんど子どものような寝つきの良さだ。
 呆れと同時に、妙な楽しさを覚えてアスランは静かに微笑した。
 そして、目を丸くしている二人に告げる。
「休ませてくる」
 そして、アスランはカガリを軽々と抱き上げると、平然と歩き去っていく。
 その後ろ姿を見送り、ディアッカは渇いた笑みを浮かべた。
「いや……なんていうか、面白いよな?」
「そこで、私に同意を求めないでくれる?」
 ディアッカの言葉を冷ややかに切り捨てながら、ミリアリアは複雑そうな顔になる。
「でも……そうね……さすがにキラの幼馴染みよね」
 プラントの歌姫である少女との仲睦まじさで周囲を砂糖漬け地獄に変える少年の名にディアッカは大きく頷いた。
 やっていることが普通考えられないくらい、恥ずかしい。
 無意識だからこそ、余計に。
「確かに、キラの親友だよな」
「よね」
 そして、二人は何度も頷き合った。




after×2 アスカガ編


 寝ているカガリをベッドに横たえるという仕事を終えたアスランは小さな溜め息を吐いた。
 そして、あどけなさを残すカガリの顔を見て、かすかな笑みを浮かべた。
 確かに、こうしているとカガリはキラと似ている。
 起きていると生来の気の強さや活発さが強くて、どちらかという物静かなキラとは印象からして違うのだが、不意に見せる表情や気遣いが同じなのだ。
 アスランは躊躇いがちにカガリの髪を撫でた。
「ん……」
 その気配に、カガリの双眸がうっすらと開く。
「……アスラン?」
「あぁ」
 微笑んで、アスランは頷いた。
「私、寝ていたのか……?」
 ぼんやりと焦点の合わない琥珀色の瞳にアスランを映しながら、カガリは尋ねた。
「少しな」
 そして、アスランはくすくすと笑い出す。
「突然寝るから驚いたぞ」
 笑われたことが不快だったのか、カガリは眉をひそめた。
「そんなこと言われたって……」
「俺がいなかったら床と激突してた」
 そのとたん、カガリは口を噤んだ。そして、視線を逸らしつつ、口篭もりながら謝る。
「……悪い」
「そう思っているなら、あんまり酒は飲むな。それほど強くないみたいだし」
 アスランの言葉に、カガリは上半身を起こして反論した。
「別に弱い訳じゃない。ただ、今夜は」
 不意に、カガリは言葉を呑み込んで、小さく唸った。
 何を言おうとしたのか、アスランは察した。
「あぁ、うん……黙ってて悪かった」
 カガリが自棄になって杯を重ねることになった原因――それはアスランの小さな嘘。
「本当に、悪かったと思ってるか?」
 むすりと尋ねるカガリに、アスランは苦笑する。
「ああ」
「ホントか?」
「ああ」
 カガリはじっとアスランをまっすぐに見据えた。
「……なら、いい」
 小さな許しの言葉に、アスランは微笑んで、カガリに顔を寄せた。
 触れるだけの優しい温もりをカガリは素直に目を閉じて受け止める。
 そして、不意に小さく笑い出す。
「何だ?」
 訝しげにアスランが尋ねると、カガリはひどく楽しそうに琥珀の瞳を輝かせていた。
「いや……何だか、すっごく幸せだなあと思って」





 その笑顔はまるで夜に昇った太陽のようだった。




after×2 キララク編


 遠くの方で聞こえる賑やかな笑い声に、キラは無意識のうちに笑みを零した。
「……皆、楽しそうだねぇ」
 のんびりとした呟きに、小さな溜め息が返ってくる。
「……キラも楽しそうですわね」
 咎めるような呟きに、キラはゆっくりと視線を落とした。
 そして、腕の中で、自分の髪を所在無さげに弄ぶラクスに、小さく笑いかける。
「楽しいっていうより、幸せなんだよ」
 穏やかな、しかし、はっきりとした言葉に、ラクスの手が止まった。
 その反応に、キラはくすくすと笑った。
 ラクスはぎこちなくキラを見上げた。
「――もしかして、からかっています?」
 柳眉を潜めつつ、白い頬はほんのりと朱に染めたラクスに、キラは更に笑みを深めた。
「まさか。でも、どうして?」
 キラの問いに、ラクスは俯いた。
「だって……先ほどから、ずっとこの状態ですし……」
 ラクスは恥ずかしそうに答えた。
 この部屋に来てから、ずっとラクスはキラの腕の中に抱え込まれていた。
 しっかり回された腕は優しいのに、振り解けない。
 前にも、同じ状態になったことがあったが、それは昼間のことで、しかも椅子の上だった。
 ラクスは無意識のうちに唇を噛み締めた。
「大体、どうして、こんな場所なんですか」
 何だって、ベッドの上なのだろうか。
 おかげで、ラクスは落ち着かず、気が気ではない。
「広いところの方が楽だからだけど?」
 まるで何でもないことのように言ってのけるキラに、ラクスは肩を落とした。
「キラ……」
 弱々しい呼びかけに、キラは朗らかに笑った。
「だって、ラクスは僕の誕生日プレゼントなんだよね?」
 そのとたん、ラクスは口ごもる。
「そ、それは、キラが……っ!」
「うん」
 ニコニコと微笑まれ、ラクスは言いかけた言葉を一瞬失う。
 そして、視線を伏せると少し悔しそうに続けた。
「……キラが喜んでくださるなら、いいです、けど」
 キラが喜んでくれる誕生日プレゼントを贈りたいと思った気持ちは本当だ。
 ただ、それがラクス自身で、こんな状況に置かれては否応なく緊張してしまう。
 キラは無言で微笑んだ。
「宝物」
「……え?」
「宝物にする」
 幼い子どものような言葉に、ラクスは蒼い瞳を瞬いてキラを見上げた。
「一生の宝物にするよ」
 その言葉に、ラクスは息を呑んだ。そして、緩々と体から力を抜いて、キラに身を預ける。
「……ラクス?」
「せっかくプレゼントするんですもの、大切にして下さいね?」
 その言葉に、キラは息を詰めて、俯いた。ラクスを抱く腕の力が籠もった。
「うん、大切にする」
 キラの声音はわずかに震えていた。





 そして、星に願いを託すようにラクスは目を閉じた。






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