Web拍手SS集―4―

SS番外編

『優しい命令』 another 編



「寝れないようだったら、寝れるようにしてあげようか?」


 そう言われて、ラクスの思考は一瞬停止した。
「……はい?」
 にっこりと微笑むキラは揺るぎなく、ラクスを見つめている。
 何故だか、ひどく楽しそうな様子だ。
 ラクスは奇妙な危機感を覚えた。
「あの、キラ……?」
 ぎこちない笑みで、真意を問おうとした瞬間、ラクスは硬直した。
 優しげなキラの容貌は間近で見ても綺麗だった。
 静かな強さを秘めた紫色の瞳は瞼の奥に隠されている。
「!?」
 唇から感じる温もりはいつもよりやや熱を帯びていて、ラクスは状況をようやく理解した。
 次第に襲ってくるのは息苦しさを伴う眩暈。
 重なったラクスの手が強く握ってくるのに気づいて、キラはそっと顔を離した。
「ラクス?」
「……キ、キラっ!」
 白い頬を赤く染め、空色の瞳を潤ませて、ラクスはキラを睨みつけた。
「何のつもりですか!」
 寝て休めと言われても、こんなことをされて寝れるはずがない。
 激しい鼓動と、荒い呼吸。
 到底、ゆっくり休めれる状態ではない。眠気など、すでに彼方に飛び去っている。
 しかし、キラは落ち着いた様子で、微笑みを浮かべたまま答えた。
「何って、お休みのキス」
「!?」
 ついにラクスは絶句した。
 キラはニコニコと無邪気そうに、しかし、ある種の確信犯めいた眼差しで尋ねた。



「もっと、いる?」





『想いの温もり』 after編


「で、結局どうしてラクスが記憶喪失なんてことになったんだ?」
 それは当然の疑問だった。
 原因を知っているキラとカガリは揃って息を呑み、固まる。
 そうした表情はよく似ており、紛れもない血の繋がりを感じさせる。
「まあ……わたくし、記憶喪失でしたの?」
 おっとりと微笑み、ラクスはアスランに尋ね返した。
 記憶喪失だった当人に、その自覚はない。
 それは仕方のないこととしても、あまりのも暢気すぎる反応にアスランは溜め息を零した。
「キラ?」
「あー、うーん」
 キラはちらりとカガリを一瞥して、次いで、へらりと笑った。
「黙秘権を行使」
「……は?」
「や、だってねぇ……反省しているようだし、まあ、不可抗力だったということで」
 そして、キラは溜め息を零した。
「やっぱり、その努力は評価していいと思う訳で……努力はね」
 やけに努力を強調するキラに、カガリは思わず視線をあらぬ方向にやる。
 すでに問題の証拠は処分済みである。
 アスランが毒入りかと物騒なことを言い出したので、それがカガリ手製のものとバレる前にカガリ自らの手で行なわれた。
 カガリが関与していると分かっている時点で、分かりそうなものだが、幸い鈍いと評判のアスランには分かっていない。
「とにかく、アスラン、頑張ってね」
「何の話だ?」
 キラは訝しげな表情の幼馴染みに笑って誤魔化した。
 まさか、言えるはずがない。
 カガリ手製のクッキーで、衝撃を受けて記憶喪失になったようだとは。
 ましてや、キラ自身、生死の境を彷徨ったことがるとは。
 将来的に、その被害を一身に受けることになるかもしれない友人に、キラはわずかばかりの哀悼の意を捧げる。
(まあ、まだ時間はあるし……)
 その間に、カガリの腕が上がればいいことだ。
 決して、素質がない訳でないのだ。
 現に、カガリは野戦食などは作れる。
 つまるところ、大雑把な……大らかな料理は作れるのだ。
(別に、味覚は変でもないし)
 あくまで、経験の問題だろう。
 ついに堪えきれなくなったカガリが口を開いた。
「あー、もう別にいいだろ! ラクスも元に戻ったんだし!」
「まあ、それはそうだが」
「そうだよ!」
 カガリの言葉に押し切られ、アスランは頷いた。
「そうそう、大丈夫。何があっても、ロールキャベツだけは仕込むから」
 次の瞬間、カガリは真っ赤になって叫んだ。
「キラ!!」



「ロールキャベツ……?」




『転がる恋心』 after ―D&Y―編


「まぁた、出てるよ」
 その雑誌のページを見た瞬間、ディアッカは笑い出した。
 見開きページを使って掲載されているのは見知った二人の写真。
「ホント、アイツってば鈍いよなあ。な、イザークもそう思わないか?」
 けらけらと笑いながら、同じ部屋で仕事をしている少年にディアッカは尋ねた。
「……俺は知らん」
 その声音に、ディアッカは違和感を覚えた。
 いつもなら、仕事中に不謹慎だとか怒るのに、『我関せず』とはイザークらしくない。
 大抵、そういう反応が出てくるのは、一通り怒ってからのはず。
 ちらりと見やると、銀髪の少年はコンピュータのキーを忙しく打ち込んでいた。
「……?」
 訝しく思いながら、何気なく、雑誌に視線を戻した瞬間。
「あ」
 ディアッカは写真の隅っこに映った、怒りの形相で走ってくる監視員に目を瞠った。
 そのまま、緩々と首を巡らし、執務机で働く少年を見やる。
「……何だ?」
 その視線に気づいて、イザークが顔を上げる。
「何で、お前ここにいんの?」
 その瞬間、コンピュータのエラー音が鳴る。
 イザークが打つキーを間違ったのだ。
 ずずいっと雑誌を見せつけながら、ディアッカはイザークに迫った。
「っ!! た、他人の空似だ!」
「……ほおぉ?」
 思わず、半眼で見据え、ディアッカは口元だけで笑った。
「じゃあ、他の奴らにも確認取ってくるか」
 そして、そのまま部屋を出ようとディアッカは身を翻した。
 次の瞬間、イザークは椅子を引き倒すような勢いで立ち上がった。
「待てッ!!」
 呼び止めた瞬間、イザークの顔がさっと引きつった。
 ディアッカは予想通りの反応に、ニヤニヤと笑いながら振り返る。
「何で、ここにいんの?」
「お、お前には関係ない!!」
「そりゃあ、そうですけどねー、でも、確か、お前、この日、休みだったよな?」
「休みに俺が何をしていたって問題ないだろう!」
「ま、そうだけどよ? 何で、監視員なんかやってんの?」
「頼まれたからだ」
「ほおぉ?」
 意味深な眼差しを向けられ、イザークは思わず逸らした。
 根が真っ直ぐな彼は隠し事が苦手だ。
 これがアスラン辺りなら平然と笑って躱すぐらいの芸当はこなしてみせるだろう。
 もちろん、その彼にだって例外はある訳だが。
「誰に? お前に、こんなことを頼める奴なんていたっけ?」
「ディアッカ!!」
 ついに、イザークはキレた。
「そんなことしている暇があれば、仕事をしろ!」
 至極、筋の通った言い分だったが、何しろ現状ではただの逃げにしか見えないところが哀しい。
 現に、ディアッカは喉の奥で楽しそうに笑っている。
「お前も大変だねえ」



 その瞬間、イザークの怒声が響き渡ったのは言うまでもない。





『転がる恋心』 after ―A&K編―


「あ」
 不意に上がった驚きの声に、アスランは顔を上げた。
「何だ、どうした?」
 驚きの顔に固まったまま、傍らに座っていた少女がゆっくりと問題の代物を指し示す。
 それは雑誌の見開きページだった。
 それを見た瞬間、アスランは無表情に固まる。
「……大丈夫かな、キラたち」
 報道陣の急襲を心配してぽつりと呟く少女に、アスランは我に返り、ぎこちなく微笑みを浮かべた。
「カガリ、大丈夫だから」
「そうか?」
「ああ」
 アスランは大きく頷いた。
 しかし、次の瞬間、カガリの疑問にアスランは再び固まることになる。
「でも、変だな。あそこには私たちもいたのに。何で、見つかってないんだ?」
 ラクスほどでないにしても、自身も一応『有名人』であることをカガリは自覚していた。
 アスランも公式の場に出ているので、顔を知られているという点では同じだ。
 ページ内の文章にも一言も出てきていないのは何となくおかしい気がした。
 可愛らしく頭を悩ませるカガリを横目に、アスランは渇いた笑みを浮かべた。
「……目的が目的だしな」
 あくまで、スクープされるのはキラとラクスであって、アスランたちは必要ない。
 彼ら二人までスクープされたら、その衝撃は半減する。
 アスランたちに気づいた人間はいただろうが、その辺りは抜かりなく差し止めしたのであろう、かの元婚約者殿が。
 脳裏に浮かぶ、穏やかな笑顔の少年に、アスランは心からの声援を送った。
「頑張れよ、キラ……」




 同時刻。


 ……くしゅんっ!

「まあ、風邪ですか?」
「……う、ん? 別に何でもないけど」
「お疲れなのかしれませんわね。どうぞ、お休みなっては?」
「え、でも」
「大丈夫です、眠れるまでわたくしが側にいますから」
「え!? あああああの、ラクス!?」
「はい? どうかなさいまして?」
「……イエ、何デモアリマセン」







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