幼馴染み編 「ねえねえ、アスラン、ちょっと聞いていい?」 「ん、何だ?」 読んでいた本から視線を上げた瞬間、アスランは嫌な予感に襲われた。 正面に座る兄弟同然の幼馴染みが綺麗な紫色の瞳で見つめていた。 いつも以上に澄んでいる瞳は綺麗だが、長年の付き合いがあるアスランにとっては別の意味を持っていた。 脳裏に過ぎるのは月の幼年学校時代、マイクロユニットの課題やらその他諸々。 プラントに移住してから別れて数年、再会しても色々あったので、すっかり忘れていたが、アスランの知るキラという幼馴染みは「面倒なことは嫌いで甘くて手にかかる」友人なのだ。 今度は何だ。 警戒のあまり、強張るアスラン。 しかし、キラはそんなアスランに気づいた様子もなく続けた。 「あのね、アスランってすごいよね」 「…………は?」 いきなりの賞賛に、思考がついて行かない。 「何だ、いきなり」 「だって、すごいよ!」 ややあって、驚きに固まっていたアスランはおもむろに本を閉じ、手前のテーブルに置いた。 そして、改めてキラを見る。 「……キラ、今度は何をやった? 怒らないから言ってみろ」 今度はキラが一瞬固まる。 「って、何それ!?」 「どうもこうも、また何かやったんだろう?」 そして、後始末は昔からアスランと決まっている――ちょっと哀しいことだが。 「ちーがーうーっ」 力いっぱい否定して、キラは息を切らしながらアスランを睨みつけた。 思いがけない大きな反応に、アスランは息を呑み、気まずげに視線を逸らした。 そして、取り繕うかのように微笑みを浮かべて話の続きを促す。 「じゃあ、何だ? いきなり言われても俺には分からないぞ」 その言葉に、キラはわざとらしい溜め息を吐いた。 「ん……、だからね、マイクロユニット」 「マイクロユニット……?」 キラはにっこりと笑った。 「トリィとハロだよ」 「トリィとハロ……?」 「だからー、作ったのアスランでしょ」 「確かにそうだが、別に特別すごいことじゃない」 マイクロユニットは幼年学校で課題になるように、それほど難しいものではない。 アスランしか作れないことはないし、その気になればキラも作れるはずだ。 「えー、すごいよ。アスラン以外に、あんな特殊機能つけられないって」 「……特殊機能?」 そんな風に呼ばれるような機能を付けた覚えはないアスランである。 「何のことだ?」 ニコニコと無邪気な笑顔でキラは告げた。 「特殊機能だよ、特殊機能。トリィの人物探索機能に、ハロの電子ロック解除機能」 「そんなものはつけた覚えがない」 「嘘だー」 あはは、とキラは軽く笑い飛ばして言った。 「だって、トリィはオーブでアスランや宇宙で漂っている僕を見つけたし、ハロはラクスがアークエンジェルにいる時、電子ロック解除してたよ?」 思わず、アスランは無言になった。 そう言えば、前にラクスもハロはアスランが好きだとか妙なことを言っていた。 似た思考の持ち主同志だから、すぐに打ち解けたのだろうか。 そんなことをアスランが考え出していると、キラはやや身を乗り出した。 「で、アスラン」 我に返り、アスランは心持ちを身を退く。 「な、何だ?」 まるで幼い子どもような期待に満ちた眼差しで、キラは尋ねた。 「カガリにあげたマイクロユニットにはどんな機能があるの?」 「あるかッ!!!」 女の子同盟編 それはまるで図ったようなタイミングだった。 地球側とプラント側、立場は違えど共に戦後復興のために開かれた協議会。 それに出席した二人の少女は協議の終了後、正面玄関に向かうわずかな時間だけ会話することができた。 「最近、そっちの状況は?」 最近、板についてきたと言われるオーブ代表の顔で、カガリは尋ねた。 「まずまずと言ったところですわ」 返すラクスはプラント中を魅了した天使のごとき微笑みで応じた。 「そっか」 「やはり、効果的ですわね。いまだ、わたくしとアスランの婚約を企んでいらっしゃる方々もおいでのようですし、信憑性がありますから」 「……いるのか、そんな奴ら」 表情とは正反対の不機嫌そうな声音に、ラクスは思わずくすりと笑みを零した。 「ご心配なく。実現できるはずがありません」 「そんなこと、分かってるけど」 小さく微笑んで、ラクスは続けた。 「アスランはカガリさんのことしか見えていませんもの。おかげで、わたくしが牽制していることも気づいていませんわ」 思わず、カガリは額に手を当てた。 「……絶対、私にはできない芸当だな」 駆け引きはまっすぐな気性のカガリにとって苦手としか言いようがない。 何事も直撃勝負が信条なのだ。 しかし、ラクスは容姿の愛らしさからは想像できない冷徹な政治家としても手腕を持っている。 無邪気なようでいて、鋭く核心を突く聡明さ。 にこりと微笑む彼女にお願いされ、囚われの身となっていた少年を救いに行かされた青年も証言している。 「まあ、そんなことを仰られては困りますわ。カガリさんにも頑張っていだたかないとなりませんのに」 柳眉を潜め、不安げに視線を揺らすラクスに、カガリはわずかに目を瞠った。 常に凛然とし、不安など欠片も見せないラクスなだけに意外だった。 そう思った時にはカガリは口に出していた。 「……意外だ」 「え」 「ラクスがそんな顔するなんてさ」 「!」 一瞬、ラクスの白い頬が朱に染まる。 小さく笑みを零して、カガリは晴れやかに続けた。 「大丈夫。こっちも上手くやってる。キラの奴もボケボケだから全然気づいていないし、いざとなれば仕事の二つ三つ押し付ければ部屋に籠もり切りだ」 カガリの言葉に、ラクスは複雑そうな微笑みを浮かべた。 確かにラクスの危惧は杞憂に終わったのかもしれないが、別の点で問題があるような気がする。 「……それは、安心しましたわ」 後で連絡を取ろうと決め、ラクスはカガリに頷いた。 そして、二人は正面玄関に出ると同時に待ち構えていた記者団に囲まれた。 次々と浴びさせられる質問の中、ある質問が二人の耳に届く。 「今回の協議はどうでしたか!?」 ラクスとカガリは一瞬視線を交わし、揃って笑顔を浮かべて答えた。 「実に有意義なものでした」 疑惑編 <ハロハロ〜> 「あらあら、ピンクちゃん、待って下さいな」 手元から転がり落ち、飛び跳ねていくハロの後を追ったラクスは通路の先にあるキャットウォークに見知った人物を見つけた。 「あら、カガリさん?」 綺麗な金色の髪の少女は身を潜ませるように屈み込み、キャットウォークの手すりの間から下を見つめていた。 不意に、ポンとカガリの頭の上にハロが乗った。 「まぁ」 小さく驚きに目を瞠るラクスに気づいて、カガリはゆっくりと振り返る。 頭上ではハロがパタパタと耳と動かしていた。 その光景に、ラクスは思わずくすくすと笑い出した。 「ラクス、しーっ!」 次の瞬間、カガリは口元に人差し指を当てて小声で制する。 「?」 きょとんと瞬いて、ラクスは小首を傾げた。 カガリの顔はやけに真剣だ。 「どうかなさいましたの?」 ラクスの声も自然と小声になっていた。 カガリは無言で先ほどまで自分が見ていた方向を示した。 静かにカガリの隣に並んで、ラクスは手すりの間からひょこんと覗き見た。 「あら」 キャットウォークの下――格納庫で作業している人々に混じって、ラクスとカガリがよく知る少年たちがいた。 「キラとアスランですわね」 つまり、先ほどまでカガリが見ていたのはあの二人ということだろう。 ラクスの視線に気づいたのか、ふとキラが視線を寄越した。 ほんの一瞬紫色の眼差しが笑みを含み、ラクスのそれとぶつかる。 そして、次の瞬間には再びアスランとの会話に戻っっていった。 ほのかな喜びに満たされたラクスはもう一度カガリに視線を移した。 「キラたちがどうかなさいました?」 むすりとカガリは短く答えた。 「あの二人、仲がいいよな」 「はい?」 カガリの言葉の意味を捉えかね、ラクスは再び眼下のキラたちに視線をやる。 二人は熱心に資料を見つめ、話し合っている。だが、時折、笑みを零しているところは確かに仲が良いように見えた。 「ええ、それは……幼い頃から兄弟同然に親しくしていた幼馴染みということですから」 それがどうかしたのだろうか。 そう思いながら、ラクスが答えると、カガリは大きな溜め息を吐いた。 「カガリさん?」 「なあ、ラクス」 「はい?」 「アスランは、私とキラどっちが大切だと思う?」 ラクスがカガリの言葉を理解するのにしばしの時が要した。 「………………はい?」 そして、ラクスはまじまじとカガリを見つめた。 カガリの表情は真剣だった。真剣に訊いている。 その静かな迫力に、ラクスはやや気圧されながらも答えた。 「どちらか、なんて、それは比較するものではないと思いますけど――。アスランはカガリさんもキラも大切に想っていらっしゃいますわ」 「それは分かっているんだけど」 小さく呟いて、カガリは再びアスランたちを見やった。その瞬間、手すりを掴んでいた手に力が籠もる。 そんなカガリとキラたちを見比べ、ラクスはすべてを察した。 「カガリさん」 「だって、アイツ私といて話すことはキラのことなんだ!」 「……」 それはきっと共通の話題となるのがキラのことなだけで。 「それに、アスランはキラといる時すごく自然体だし!」 いや、それはカガリと一緒にいる時も同じなのだが。 「キラといる時の方が楽しそうだし!」 (いえ、それは) ラクス自身、よく分かっている訳ではないが、同性の友人と特別な感情を抱く少女では見せる姿も多少変わってくるものではないだろうか。 たとえば、好きな相手の前では可愛くいたい女の子の気持ちのように。 「今だってキラとずっと一緒だし!」 「……」 何のことはない。 つまるところ、カガリは嫉妬しているのだ――キラに。 (最近、忙しかったですものね……) 堅苦しいほど生真面目な部分があるアスランは適当に気を抜くことを知らない。 見かけによらず要領の良いキラは何かと理由を作ってはラクスに会いにきたり、先ほどのように笑いかけてくれたりしていたが、アスランは違ったのだろう。 決して冷たい訳ではないが、アスランが多少鈍いことは否定できない。 カガリもアスランが仕事で忙しいのは理解しているから、邪魔をしようという気はもちろんない。 だが、それでも腹立たしい思いを抱かずにはいらないのだ。 そして、ラクスは小さな溜め息を吐いた。 (努力が足りませんわ、アスラン) |
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