1 「……えっと、メイリン、だったよな?」 曖昧な笑みで名前を確認してくる金髪の少女に、彼女はぼんやりと頷いた。 「はい……メイリン・ホークです」 彼女が改めて名乗ると、金髪の少女は琥珀の瞳をかすかに和ませた。 「ここがどこか分かるか?」 ほんの少し、考えて彼女は頷いた。 白い軍服を纏った金髪の少女――カガリ・ユラ・アスハ。 オーブ首長の座にある『はず』の相手がいる、ここは。 「アークエンジェル……」 メイリンの呟きに、カガリは頷いた。 「ああ、そうだ。……何があったか覚えてるか?」 その瞬間、メイリンの脳裏に迫り来る閃光が蘇る。 「あ、ああっ……!!」 大きく身を震わせ、メイリンは弾けるように浮かんだ名を口にした。 「アスラン、さん! アスランさんは!!」 「メイリン!」 椅子から立ち上がり、カガリは肩に手を置いて叫んだ。 「大丈夫だ! アスランなら生きてる! 大丈夫だから!」 「……ほ、本当ですか?」 大きな瞳を涙で潤ませ、問いかけるメイリンにカガリは微笑んだ。 「ああ」 再び椅子に座り直して、カガリは続けた。 「以前にな、言ったことあるんだ」 「え?」 ――生きている方が戦いだ! 逃げるなッ!! 「アイツ、本当にバカだからさ」 何かを思い出すように頷き、カガリは柳眉をひそめた。 「ハツカネズミで、空回りもいいところだし、一人思いつめるとろくなことにならないし」 (ハ、ハツカネズミ……?) 秀麗な容貌の少年と、長い尾の小動物を思い浮かべ、重ならない印象にメイリンは戸惑った。 淡々と、カガリの口からはアスランの評価が続けられる。 「あ、あのー……」 たぶん、本題から逸れている。 メイリンの控えめな指摘に、カガリは我に返った。 「あ、えーと、つまりだな、アスランは放っておくと危なっかしいんだ」 「はあ……」 カガリの告げるアスランと、自身の知るアスランが重ならず、メイリンはますます戸惑った。 「だから、メイリンがいてくれて良かったと思う」 そのカガリの微笑みを見た瞬間、メイリンは分かったような気がした。 ねえ、お姉ちゃん。 アスランさんがアークエンジェルは沈んでないって言った時、私、信じてなかったの。 でも、違った。 アスランさん、信じていたんじゃなくて、帰りたかったんだ。 どんなに貶すように言っていても、大切に思ってくれる人たちがいるところに。 それがミネルバじゃなかったのは悔しいけど、でも、分かっちゃったんだよ。 だって。 「アスランを助けてくれて、ありがとな」 『敵』の私に、笑ってくれるんだよ。 ミネルバにいた私に。 ねぇ、お姉ちゃん、アークエンジェルは不思議なところです。 2 「あ、ダメよ、まだ起きちゃ」 重い体を起こした瞬間、かかった声に、彼女はゆっくりと首を巡らした。 「まだ熱が引いていないんだから、ほら、横になって!」 オーブの白い軍服を着た、同じ年頃……いや、少し年上の少女だ。 「……貴方、は?」 持っていたトレイを側のキャビネットに置いて、少女は微笑んだ。 「ミリアリア。ミリアリア・ハウよ。えっと、貴方は」 促されるまま、横になり、思わずホッと息を吐いて彼女も名乗った。 「メイリン。メイリン・ホーク、です……」 「そう、じゃあ、メイリン。まずは休みなさい。何をするにしても、それからです!」 覗き込むように、顔を近づけ、ミリアリアにびしりと指を突きつけられ、メイリンは双眸を瞠った。 「えっと、でも」 「目立った外傷はなくても、ちょっと前まで意識不明の重体だったのよ。無理はダメ」 そして、ミリアリアはトレイの上の水差しからコップに水を注ぎ、そっと差し出した。 「飲める?」 「え」 「喉渇いてるでしょ?」 コップとミリアリアを見比べ、メイリンはおずおずと手を差し出した。 「ありがとう、ございます」 「どういたしまして」 にこりと浮かんだ笑顔はとても温かくて、メイリンも無意識のうちに笑っていた。 「……あの、一つ聞いていいですか?」 「ん、なぁに?」 「アスランさんは、どこですか?」 『彼女』は大丈夫だと笑って請け負ってくれたけれど。 アークエンジェルの人間が『敵』じゃないことは分かってるけれど。 今のメイリンが頼れるのは、信じられるのはアスランだけだ。 「アスラン・ザラ……ね」 微妙に声の調子が変わったように思えて、メイリンは改めてミリアリアを見やった。 その視線に気付いて、ミリアリアは苦笑する。 「私も、よくは知らないわ。わざわざ見舞う間柄じゃないし」 そして、ミリアリアはメイリンに笑いかけた。 「あっちだって、私が行っても逆に困惑するんじゃないかしら」 「え?」 「正直、大丈夫?って心配するより、バカじゃないのって気分だしねぇ」 さらりと言われた内容を理解するのは、熱のある頭では時間が必要だった。 (えぇと、ちょっと待って?) アークエンジェルの人たちは、皆、アスランを待っていたのではないのか。 大切に思ってくれてるから、アスランはアークエンジェルに行くって言ったのではないのか。 「……えぇと、もしかして、ミリアリアさんは、アスランさんのことが嫌い、なんですか」 控えめに尋ねると、ミリアリアは吹き出した。 「嫌い!? そーねー、あのバカさ加減には怒ってるわよ」 ニコニコと笑いながら、どこかを見つめる眼差しは剣呑だった。 「人がせっかくキラたちと『個人的に』ってことで、会わせてあげたのに、結局『ザフトのアスラン・ザラ』だし……やんなっちゃう」 何か色々あったらしい。 (アスランさん、何をしたんですか……) 不器用な感じのアスランだから、ミリアリアは誤解しているのだと思うのだが、それを言及する気力が今のメイリンはなかった。 「好きになれっていうのがおかしいのよ、うん。ホント、キラってば、よく見限らずにいられるわ……」 そして、ミリアリアは気を取り直して、メイリンの質問の答えを告げた。 「とりあえず、生きてるわ。それは確かよ。そうね、そんなに気になるなら、早く体を直して、自分で確かめたらどうかしら?」 「はい……」 素直に頷いたメイリンに、ミリアリアは満足げに笑った。 「熱が下がったら、温泉でも入ってすっきりするといいわ」 意識をまどろみのうちに沈めようとしたメイリンは、その瞬間、我に返った。 「お、んせん……?」 (『おんせん』って……『温泉』?) 「ええ、結構、広くて本格的だから気持ちいいわよ」 ねぇ、お姉ちゃん。 どこでも、人間関係は複雑みたい。 まだ、私、分からなくて、上手く言えないんだけど……。 それに、ちょっぴり不安。 だって、ここの人たちって、なんか変なんだもん。 アークエンジェルって、不沈艦と言われてる戦艦、のはずだよねえ? ねぇ、お姉ちゃん、戦艦に温泉を作ってしまう人たちを変って思うのは間違いですか。 3 「あの、ラクス様……です、か?」 恐る恐る、彼女が問いかけると、薄紅の髪の少女はゆっくりと振り返った。 柔らかな微笑を湛えた愛らしい顔は、先日見かけた『ラクス・クライン』と同じで、それでいて眼差しは透き通るように澄んでいた。 「ええ、わたくしはラクス・クラインですわ。貴方は?」 穏やかに問われ、彼女は慌てて答えた。 「メ、メイリンです、メイリン・ホーク。あの……どうして、ここにいらっしゃるんですか?」 「?」 きょとんと瞬くラクスに、メイリンは続けて尋ねた。 「どうして、モビルスーツでここに。どうして、あんな重傷なアスランさんに」 次の瞬間、細い指先がメイリンの唇に当てられる。 「!」 「少し、落ち着いて下さいな」 にこりと微笑み、メイリンの言葉を制すると、少女はゆっくりと答えた。 「まずは最初の質問……わたくしが何故ここにいるのか……わたくしの『帰る場所』がこの艦にいるからです」 「え」 (いる……?) 不思議な言い回しに、メイリンは戸惑って少女を見やる。 「何故、モビルスーツで、ということですが、それはキラの発案なのです」 『キラ』 それは、アスランが度々口にしていた名前だ。 メイリンの看護を受け持ってくれたミリアリアの話にも出ていた。 「キラって……」 「アスランの幼馴染みで、そして、わたくしの大切な方です」 さらりと言われた言葉に、メイリンは一瞬硬直した。 「……あ、あの?」 「はい?」 「アスランさんとラクス様は婚約者、では」 蒼い瞳を丸くし、次いで、ラクスは苦笑した。 「二年前までは確かに、そのように定められていましたわね」 そして、そのまま、ラクスは瞳を伏せる。 「……本当に、あの方ときたら、二年前と同じ、いえ、それ以上に困った方ですわ」 小さく嘆息し、ラクスは呟いた。 「平手の一回か二回与えて差し上げないと、また見たものを理解なさらないかと思っていましたが……」 薄く笑む、その雰囲気に、メイリンは困惑した。 「あのようなお体では、もしかしたら致命傷になるかもしれませんものね?」 ニッコリと笑いかけられ、釣られてメイリンは笑みを浮かべた。 (じょ、冗談? 冗談、よね?) 「あの、ラクス様?」 「はい?」 にこりと柔らかく微笑まれ、気圧されながらメイリンは思い切って尋ねた。 「アスランさんのこと、どう思ってらっしゃるんですか?」 ラクスは動じることなく、ニッコリと迫力のある笑顔で答えた。 「底抜けのおバカさんですわ」 ねぇ、お姉ちゃん。 私、お姉ちゃんがラクス様のことアスランさんのことで嫌いになったって知ってるんだ。 でも、ねぇ……今、目の前にいるラクス様はアスランさんのこと眼中にないみたい。 アスランさんも、何だか緊張して警戒していたみたいだし。 ……うん、間違っても、お姉ちゃんから聞いていた『アスラ〜ンっ!』って感じじゃなかったよ? これって、どういうことかな? ねぇ、お姉ちゃん……私はラクス様のこと嫌いじゃありません。 4 「あの、聞いていいですか……?」 「え、ああ、何だ」 ぎこちなく、振り向いて、メイリンは率直に切り出した。 「あの二人って、どういう関係ですか」 あの二人とは――キラ・ヤマトとラクス・クライン。 たった今、親密さをさりげなく、しかし、しっかりと強調して、この部屋から去った二人を思い返した。 (なんていうか、すごく分かり合っていたみたいだし、肩とか抱いていたし……) どう答えるべきか悩んでいるアスランを一瞥し、メイリンはしみじみと呟いた。 「本当に、アスランさんとラクス様って終わってるんですね」 「!!」 その瞬間、何だか衝撃を受けているらしいアスランをメイリンは不思議そうに見つめた。 「あの、私、何かいけないこと言いました?」 「え、ああ、いや、別に。……そう、俺とラクスは二年前に婚約解消しているんだ」 微妙に複雑そうな様子のアスランを見て、メイリンの脳裏に閃くものがあった。 「……もしかして、アスランさん、ラクス様にフラレちゃったんですか!?」 「!!」 強張るアスランに、メイリンも驚いて固まる。 「な、何だって、そういう……?」 「え、あの、だって、ラクス様って意外にはっきりされてる方みたいですから」 うろたえながら答えたメイリンに、アスランは引きつった笑みを浮かべた。 「それは、つまり、俺ははっきりしてないってことか?」 「は……あ、いえ! えぇと、アスランさんは優しいですし!」 自分でも意味不明かと思わなくもない言葉に、メイリンは慌てた。 この場に、アスランをよく知る人間がいれば、的確に説明してくれだろう。 『優柔不断なだけだよね』 『度の過ぎた優しさは状況を悪化させるだけですわ』 『お人好しっていうか、なんだ、コーディネーターだけどバカだし』 だが、生憎、この場には誰もいない。 「ラクスとは」 「え」 「ラクスとは、彼女が反逆者と追われた時点で父が破棄したんだ。親同士が決めた仲だったし、まぁ、いいんだが……キラがな」 どことなく黄昏ているアスランに、メイリンはきょとんと瞬いた。 「昔から、ちゃっかりしているところは確かにあったんだが、ラクスと知り合ってから更に拍車がかかったというか……手に負えなくなったというか……」 大仰に溜め息を吐くアスランを見て、メイリンはふと思った。 (もしかして、アスランさんって……苦労性?) ねぇ、お姉ちゃん。 私、思ったんだけど。 アスランさんって、アスランさんって、……もしかして『薄幸』かもしれない。 だって、ラクス様との婚約が破棄されて――っていうか、もしかするとフラレたのかもしれないんだけど。 それで、ラクス様は幼馴染みの『キラ』って言う人と、すっごくラブラブで。 本当に、割り込めない雰囲気があるっていうか! ねぇ、お姉ちゃん、最近、アスランさんの意外な面ばっかり見つけているような気がします。 5 「ラクス様はコペルニクスは初めてですか?」 メイリンの問いに、ラクスは穏やかに微笑んだ。 「初めてではありませんが、わたくしが知っているのはコンサート会場とホテルぐらいですから」 「あ」 「メイリンさんは初めてですか?」 「はい」 「じゃ、出かけよっか」 不意に割り込んできた声に、歩いていた二人はぴたりと足を止めた。 ふわりと薄紅の髪を靡かせて、ラクスが振り返る。 「キラ」 まるで突然現われたかのような登場をした少年に、メイリンは強張った。 その様子に気付いて、ラクスがおっとりと問いかけた。 「あぁ、メイリンさんはキラと初めてでしたか?」 「えと、挨拶くらいは」 そして、メイリンはちらりとキラを窺い見た。 (この人が『キラ』さん……アスランさんの幼馴染みで、ラクス様の大切な人……) 「アスランを助けてくれたんだよね。改めて、ありがとう」 にこりと柔らかく微笑まれ、メイリンは小さくかぶりを振った。 「いえ、私の方こそ助けてもらいましたから」 「そ?」 「はい」 温厚に見えるキラがフリーダムのパイロットなんだという。 それを聞いた時、思わず、メイリンは呟いていた。 そんな風に見えないと呟いた彼女に、幼馴染みの少年は憂いを帯びた瞳で、『だな』と微笑んでいた。 「それで、キラ? 出かけるとはどういう意味ですか?」 「ん、そのままだよ。コペルニクスにせっかく来たんだし、出ない?」 にこりと無邪気そうに微笑むキラに、ラクスは困惑を滲ませ、小さく息を吐いた。 「ですが、今の状況を考えると」 「だからだよ」 ラクスの言葉を途中で制し、キラは続けた。 「ラクスには息抜きが必要! ということだから、出発は2時間後! いいね?」 断言して、キラは歩き出そうとする。 「待って下さい、キラ!」 呼び止めるラクスの声を聞きながら、メイリンは呆けて思った。 (この人、結構、強引……?) 「僕はこれからアスランのところに行ってくるから〜」 振り返らず、ひらひらと手を振って去っていくキラを呆然と見送り、メイリンはちらりと隣のラクスを窺った。 「全く、もう……」 肩を落として溜め息を吐いているラクスがかすかに微笑してるのを見て、メイリンはじんわりと笑みが浮かび上がるのを感じた。 (いいなあ……) 「申し訳ありませんわ、キラが勝手に決めてしまって。でも、メイリンさんも宜しかったらどうですか?」 ラクスの誘いに、メイリンはにこりと笑って頷いた。 「喜んで!」 ねぇ、お姉ちゃん。 ラクス様は綺麗で、お優しくて、聡明で、『完璧』な方なんだけど、やっぱり女の子で。 好きな人に優しくされたら嬉しいし、想われてたら幸せなんだよね。 羨ましいなぁ。 きっと、お姉ちゃんも、あの二人を見たら、そう思うよ。 ねぇ、お姉ちゃん、早く戦争が終わって、いろんなこと話したいと思ってます。 |
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