Web拍手SS集―10―

アークエンジェル航海日誌編

その1


「では、カガリさんはこちらの部屋を使って下さいな」
 キラによって、アークエンジェルに連れて来られたカガリはラクスの説明を受けて頷いた。
 しかし、続いたラクスの言葉に、カガリはきょとんと瞬いた。
「隣がわたくしの部屋になっていますから」
「え?」
「……え、とは?」
 カガリの驚きに、ラクスはそのまま驚きを返した。
「ラクス、キラと一緒とじゃないのか?」
 さらりと投げつけられた疑問に、ラクスの隣で紙コップのお茶を飲んでいたキラが咽こむ。
「キラ! 大丈夫ですか?」
 ラクスが慌てて背を摩り気遣うのに身を任せながら、キラは息苦しさで潤んだ双眸でカガリを見る。
「っ!? カカカカカカガリっ!?」
「大丈夫か、おい?」
 琥珀の瞳を細めて問うカガリは全く以って無邪気だった。
「……どーして、そういうこと言うかな?」
 恐る恐る問うキラに、カガリは不思議そうな表情になる。
「え、だって、アスランと私は同室だったし」
「!!」
 次の瞬間、キラの手にあった紙コップがぐしゃりと潰れる。
「……ア、アスランと同室……?」
 対して、ラクスは軽く目を瞠っただけでカガリと会話を続けた。
「あら、そうなんですか?」
「ああ、一応、私の護衛だったし」
「まぁ、護衛で」
 ラクスは微笑を浮かべたまま、ちらりとキラを見やる。
 紙コップを握り締めたまま、キラは引きつった笑みを浮かべていた。
「……キラ」
「うん?」
 ラクスはにこりと笑んで囁いた。
「あの方のことですから、何事もありませんわ」
 でなければ、いくら鈍いカガリでも、こんなことを直接的に言うはずがない。
「……そうだね、アスランだしね」
「はい」
「でもさぁ」
 ふっと笑み、キラは視線を遠くにやる。
「護衛って、そこまでするものなのかな」
「……一度、お伺いする必要がありますわね」







 その頃のミネルバ。

「っくしゅ……!」
「あら、ザラ隊長、風邪ですか?」
「……いや、そんなことは」
「そうですか? 昨日、甲板に長くいらっしゃったようですけど」
「それなら、俺よりシンの方を心配したらどうだ」
「シンなら問題ない」
「レイの言うとおり」
「?」

「「シンはバカだから」」

「……」


「……っくしゅっ! ……風邪でもひいたかな」
「やだ。移さないでよ、もう〜」
「やだって、メイリン……」








その2


「ところで、カガリさん、こちらのドレスどうしましょう」
「へ?」
 振り向いたカガリはラクスが自分の着ていたウェディングドレスを言っているのに気づいた。
「あー……どうしたらいいと思う?」
 問いに問いで返されたラクスは苦笑を零した。
「……そうですわね、このドレスを用意したのはあちらの家なのでしょう」
「あ、うん」
 確かに、ドレスを仕立てたのはセイラン家だ。
「でしたら、あちらにお返しするのが筋かと思いますが……今は無理ですし……やはり、その時が来るまで仕舞うしかありませんか……」
 そして、ラクスは自分を凝視するカガリに気づいた。
「カガリさん?」
「あ、や、え」
「どうかなさいまして?」
「……えーと、どうして、分かったのかなって」
 カガリの言いたいことを察して、ラクスはくすりと笑った。
「あら、意に沿わぬ結婚式に纏う花嫁衣裳を自分で選ぶことなんてできませんでしょう?」
 むしろ、どうだっていいと思うだろう。
「……」
「本当に、大切な人と結ばれるのでしたら、違うでしょうけれど」
 にこりと微笑むラクスに、カガリは頬が赤らむのを感じた。
「ラ、ラクス……」
「はい?」
「あ、いや、何でもない……」
 くすくすと朗らかに笑い、ラクスは告げた。
「本番はぜひとも招待して下さいね、何を置いても出席させていただきますから」
「!」
「もちろん、わたくしの時も招待させていただきますから」
 そして、ラクスは花のような笑顔でくるりと振り返った。
「ね、キラ?」




 後に、キラは自分がどう答えたのか覚えておらず、苦悩する光景がアークエンジェル内で見かけられたという。








その3


「カガリさん、少し宜しいですか?」
「?」
 ラクスに呼ばれたカガリはテーブルの上に並べられた幾つものマグカップに目を瞠った。
「どうしたんだ、これ」
 カガリの言葉に、ラクスはにこりと笑った。
「カガリさんに使っていただくマグカップを選んでいただこうと思いまして」
「私、専用の?」
「ええ」
 ラクスは微笑んで頷いた。
「ほら、バルトフェルド隊長もご自分専用のをお持ちでしたでしょう? どれでも構わないという方は中にはいらっしゃいますけど、せっかく色々あるんですもの。気に入ったのをお使いいただいた方が気分も宜しいと思いません?」
 言われて、カガリは艦橋でバルトフェルドが持っていたカップを思い出し、心持ち視線を遠くにやった。
「ああ、トラマークの……」
「わたくしとキラも専用のがありますのよ」
 ニコニコと嬉しそうに、ラクスは二つのマグカップを示した。
 白い、何の変哲のないマグカップ。
 そこに描かれているのはピンクのハロと緑色のトリィだ。
「……ハロのがラクスで、トリィのがキラ、か?」
「まあ、よくお分かりになりましたわね!」
 驚嘆して、ポンと手と叩くラクスに、カガリはぽつりと呟いた。
「……いや、丸分かりだし」
 そして、カガリはマグカップを見た時から思っていたことを尋ねた。
「ところで、このマグカップのイラスト、手書きっぽいんだけど」
 その言葉に、ラクスは静かに微笑んだ。
「ええ、マルキオ様の家の子どもたちが白いマグカップに書いて焼き付けたものですわ」
 それをラクスたちがアークエンジェルで旅立つ際、子どもたちがくれたのだと、ラクスは柔らかく続けた。
「なるほど」
 道理で、味のある個性的なイラストだ。
「どれか、お気に召すものはありますか?」
 にこりと微笑むラクスに、断ることも憚れ、カガリは思案しながらマグカップたちを見やった。
「これ、かな」
 そして、選んだのはオレンジ色の花が描かれたマグカップだった。
 それを見て、ラクスはくすくすと笑い出す。
「ラクス?」
「あぁ、すみません。予想通りでしたので」
「は?」
 にこりと笑って、ラクスは答えた。
「キラとわたくし、きっとカガリさんならそちらを選ぶだろうと意見が一致していたのですわ」
「……」
 お見通しだったことに驚けばよいのか、それとも、二人の仲の良さに呆れ返ればよいのか、判断に悩み、カガリは沈黙する。
「ちなみに、アスランでしたら、これだろうと」





 そうして、指し示されたのは、真っ赤に塗り変えられたマグカップだった。








その4


「っぃく……」

「何だ、キラ、しゃっくりか?」
 唐突に奇妙な声を上げたキラに、カガリは目を丸くして尋ねた。
「うん、朝から、ずっと。……っぃく」
「まあ、お辛そうですわね」
 少々疲れている様子のキラに、傍らのラクスは心持ち柳眉をひそめた。
 そんなラクスに気づいて、キラは静かに微笑する。
「じきに治まると思うけどね」
「しゃっくり、か……」
 少し考え、カガリはちらりとキラを見やり、その意識がラクスとの会話に向いているのを確かめる。
 そして、おもむろに。


「わっ!!」


 突然の大声に、キラとラクスはポカンとしてカガリを見つめた。
「っぃく……どうしたの、突然」
「何か、ございました?」
 同じような顔で揃って尋ねてくる二人に、カガリは不満そうに口元を歪めた。
「お前なぁ、人がせっかく驚かしてやってるんだから、驚けよ」
「は?」
 キラは本気で不思議そうに双子の少女を見つめた。
 前々から思っていたが、カガリの思考はちょっとピントが外れている。
 だが、それがカガリなりに真面目な思考によるものだとも分かっていたので、キラは意図を問うた。
「どうして、僕が驚かなきゃならないの? っぃく」
「ほら、よく言うだろ。しゃっくりを止めるには驚くといいって」
 だから、驚かせてやったんだ。
 至極、真面目に説明するカガリを見つめ、しゃっくりを繰り返しながら、キラはぼんやりと思った。
(あぁ、こーゆーのを言うのかな)
 バカな子ほど愛しい。
 面倒見の良い幼馴染みが惹かれたのも無理はない。
「なのに、お前ときたら、人の気遣いを全く無視して!」
 一人憤慨するカガリに、キラは控えめに反論しようとした瞬間だった。


「キラ」


 不意に呼びかけられ、細い手が襟元を掴み、引き寄せられる。
「え」
 隙だらけだったキラは抵抗らしい抵抗もできず、なすがまま、その勢いに釣られた。


 そして、唇に、ちょんと触れる温もり。


「…………ラララララララララクスっ!?」


 我に返った瞬間、顔を真っ赤にしてキラは思わず傾いた身を引き起こした。
「何、何、何考えて!? そりゃあもう大歓迎だけど、物事には適時TPOというものがあるはずで!」
 もはや、自分で何を言っているのか分かっていないキラに、ラクスはニッコリと笑いかけた。
「止まりましたわね」
「は!?」
「ですから、しゃっくり」
「しゃっくり!? しゃっくりって何、しゃっくりって…………あ」
 ぴたりと止まったキラに、ラクスはニコニコと無邪気そのものの笑顔で嬉しそうに告げる。
「これで、もうお辛くありませんわね。良かったですわ」
 次の瞬間、キラは何か言おうと、何度か口を開閉させた。
 だが、ラクスの笑顔を見ているうちに、言おうと思っていた言葉は何処かへ去り、どうにか搾り出した言葉はというと。


「……う、ん、……あ、ありがとう」


 そして、目の前ですべてを見ていたカガリはぐったりと脱力して壁に縋っていた。


(このバカップルどもめ!!)





 後日、再会した元護衛にオーブ代表が「お前がいないから、私だけが馬に蹴られまくったんだっ!!!」と怒りの鉄槌を食らわしたとかしなかったとか……。



 真実は定かではない。













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