Web拍手SS集―1―

オフィスラブ編

ラクス編

 ついに堪え切れない溜め息が零れた。
 硬く双眸を閉じ、書類を持った手に力が籠もる。
「……キラ」
 いつもとは違い、ラクスの声音は硬かった。
「うん、何?」
 いつも通りの穏やかな声に、ラクスは唇を噛み締めた。
「ラクス?」
 声はラクスの背後から聞こえた。
 それも、かなり間近。
 ほとんど耳元で囁かれていると同じ状態、否、そのものか。
 キラは一人掛け用の椅子に座っている。
 そして、ラクスはキラの上に座っていた。……正確に言うなら、抱えられているのだ。
 それも、しっかりと。
「……キラ、離れてください」
 感情を押し殺し、ラクスは声を振り絞った。
「どうして?」
 心の底から不思議そうな問いに、ラクスは眩暈を覚えた。
 それでも、必死で言葉を紡ぐ。
「仕事になりません」
「そう?」
「ええ」
「その割にはペースが速いみたいだけど?」
 思わず、ちらりと背後のキラを窺うと、ニッコリと笑いかけられる。
 顔の向きを戻し、やや皺の寄った書類に視線をラクスは戻した。
 それと同時にキラはラクスの長い薄紅の髪に戯れ始めた。
 優しい手つきで何度も梳いては絡め、滑り落ちては梳いている。
「……」
 ラクスはその心地良さに身を委ねたくなる自身を必死で自制する。
 意識を逸らそうと、視線は書類に固定したまま会話を続けようとした。
「キラ、何かあったのですか」
「ううん、別に?」
 小さく笑って、キラは否定した。そして、静かに問い掛ける。
「こうしているの、嫌?」


(嫌じゃないから困っているんじゃないですか)




キラ編

 キラは気づかれないようにそっと溜め息を吐いた。
 開いていたパソコンを一瞥する。
 画面上ではカーソルがある位置で点滅している。
 先ほどから、少しも進んでいない仕事にキラは再び溜め息を吐いた。
 集中力が続かない。
 いつもなら、この程度の分析ならすでに終えているのに。
 睡眠も充分取っているし、食事も三食きっちり食べている。
 仕事が詰まっている訳でもない。
 不可解な状態に、キラは考え込む。
 そして、キラはちらりと視線を横に泳がした。
 扉から向かって正面、キラからは斜め右前にある執務机ではラクスが集中して書類を裁いていた。
 眉をひそめ、しばし悩んでいたキラは不意に迷いを振り切るように席を立ち、歩いてラクスの横に立つ。
 その気配に気づいたのか、ラクスが顔を上げた。
「キラ? どうかなさいましたか?」
「ちょっとエネルギー切れ」
 キラの答えに、ラクスはふわりと微笑みを浮かべた。
「では、少し休憩をしますか? お茶でも淹れましょう」
 そして、ラクスが席を立った瞬間だった。
「あ、平気」
「え」
 振り返ろうとしたラクスを引き寄せて、キラはラクスが座っていた椅子に腰を下ろした。
 そして、そのまま、しっかりラクスを抱き締める。
「キラ!?」
「エネルギー充電中」
「な」
 キラの突然の行動と言葉にラクスは硬直する。
 腕の中の温もり。
 華奢な体。
 ほのかに漂う花の香。
 それらにラクスの存在を感じて、キラの顔が綻んだ。
「ラクスは仕事続けてていいよ。僕も充電が終わったら戻るから」


(いつ終わるか分からないけどね)



元クルーゼ隊編

 それは傍から見ると異様な光景だった。
 三人の少年が扉の前で輪を作るように囲んで立っていた。
 彼らは『赤』を纏うことを許されたプラントでも優秀であると認められた者たちだ。
 その三人に、今、難問が立ちはだかっていた。
 難問――それは扉の向こうにいる一人の少年と少女。
「で、どうするよ?」
 どこか呆れを交えながら、他の二人にディアッカは尋ねた。
「どうするだと……?」
 殺気だった声が返ってくる。
 声の主は怒りに険しくなった顔でディアッカを睨み付けていた。
「おいおい、イザーク、俺に当たるなって」
「分かっている」
 苛立たしげに鼻を鳴らし、イザークは残された少年――アスランに視線を移した。
「それで、この事態をどう収拾つける気だ?」
 二人の視線を受け、アスランは眉間に皺を寄せた。
「俺に話しを振るか」
 イザークは頬を引きつらせて言った。
「あいつらはお前の幼馴染みで、お前の元婚約者だろう」
 理由になっていない。
 そうは思いはしても、アスランは言わなかった。
 アスラン自身はこれはどうにかしなければと思っているからだ。
 しかし、どうしたらいいのか分からない。
 だからこそ、こんなところで立ち尽くしている。
「……しっかし、キラの奴、見かけによらずスゴイよなあ」
 妙に感心していてディアッカは何度も頷いた。
「ただの恥知らずだ!」
 一気に激昂して、イザークが反論する。
「いや〜? 恥知らずも極めればスゴイって」
 アスランは頭痛を覚えて額に手を当てる。
 二人が言っていることはどちらも微妙に当たっていた。
「どちらにしても、問題はこの状況だな」
 冷静な突っ込みに、ディアッカとイザークは我に返る。
 三人は無言で互いを見やり、そして揃って扉を見た。
 何の変哲もない扉。
 だが、その向こうにはちょっと信じられない光景。
 うっかり足を踏み込んでしまったイザークはある種のカルチャーショックを受け、数分間、言語能力が壊れた。
 何事かと部屋を覗いたアスランとディアッカは呆気に取られて、立ち尽くした。
 部屋の中にはキラとラクスがいた。
 いたことには問題なかったのだ。
 問題があったのは二人の位置関係。
 キラはラクスを抱いた状態で、椅子に座っていて。
 ラクスはキラの上に座った状態で、仕事をしていて。
 咄嗟のことに三人は逃げ出して、今に至る。
「ってか、普通気づくよな?」
「まさか、俺たちが入ってきたことに気づいてないと?」
 気づいていると思っていたから、恥知らずだと断言していたイザークである。
 二人の発言を受けて、アスランは思い返す。
 キラは気づいていた――視線が合ったような気がする、しかも微笑んでいた。
 だが、ラクスは気づいていないようだった。
 何やら集中して書類を処理していたような気がする、しかも緊迫感を持っていた。
 はっきり言って、変だった。
「ともかく、あの状況で二人に声をかけられるか?」
 改めて、ディアッカに問われ、イザークは唸った。
 声がかけられるものなら、最初の時点でかけている。
「じゃ、アスランは?」
 そして、アスランはもう一度視線を扉にやり、思案した。
 脳裏でシュミレートしてみた瞬間、渋い表情で告げた。


「馬に蹴られるのがオチだと思う」



カガリ編

「お前ら、そんなとこで何をしてんだ? 邪魔だぞ」
 廊下で固まっている三人の少年たちに、不思議そうに話し掛けてきたのはカガリだった。
 その手には薄いファイルがあり、軽く肩に担ぐようにしていた。
「カ、カガリ」
「人を邪魔扱いする前にアレ、どうにかしてくれ」
「全くだ」
 三者三様の反応に、眉をひそめ、カガリは示された先に視線を移した。
 扉の向こう側にはカガリもよく知る二人。
「……」
 思わず、黙り込んだカガリに、三人はそれぞれ溜め息を吐いた。
「さっきから、あの調子なんだ」
「な」
「迷惑にもほどがある」
 ややあって、カガリは深い溜め息を吐いた。
 そして、おもむろに部屋の中に入る。
「キラ」
「やあ、カガリ」
 にこやかに笑いかけてくる双子の少年に、カガリは呆れきった様子で尋ねた。
「お前、何してるんだ?」
「充電」
「ほう、充電」
 そして、カガリはちらりとキラに抱え込まれた状況のラクスを見やる。
「こ、こんにちは、カガリさん」
 いつものように微笑みを浮かべようとしているが、ラクスの頬はほのかに赤い。
 机の上には処理済の書類が積まれていた。
 それを見て、カガリはニッコリと笑みを浮かべた。
「ラクスは仕事が終わったようだな。一緒に休憩にしよう」
「え、えぇ」
 次の瞬間、カガリの笑みが不敵なものに変わる。
「キラはダメだぞ」
「え?」
 戸惑うキラに、カガリはニヤリと笑った。
「ほら、分析データの追加」
 そして、カガリは手にしていたファイルをキラに押し付けた。
「先に来ていた分も終わっていないようだしな」
 確かにカガリの言う通り、キラの机には未処理の書類が溜まっている。
「それが終わるまでお前は来るな」
「え……」
 高らかに宣言して、カガリはキラとラクスを引き剥がした。そして、意気揚々とラクスの手を取って踵を返す。
「カ、カガリ!」
「いいな、これは姉の命令だぞ!」
 肩越しに振り返って命じられ、キラは茫然と立ち尽くした。


 数秒後、廊下からは惜しみない拍手の音が響き渡った。






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