『なんでもない、あるひのできごと。』






 扉を開けた彼を出迎えたのは、予想外の状況だった。
 室内の調度は、簡素で、備え付けの家具がわずかにあるだけの、どちらかといえば殺風景なものだ。
 あるのは二脚の椅子とテーブルの一組に、小さな棚が一つ。
 寝台や衣装箱がないのは、続き間になった隣室にそれらがあるからだ。
 壁に据え造られた暖炉には煌々と火が燃え上がり、卓の上に置かれた角燈にも火が灯っていた。
 そして――。
「今晩は、エイル。思ったより遅かったですね」
 にっこり。
 予想外だったのは、これだ。
 椅子に腰掛け、微笑んでいる一人の青年の姿。
 それは赤銅色の長い髪と夕日に染まった樹肌の色の瞳をした友人だった。
 若干細身の身体に、薄い青を基調とし、それよりも濃い青で裾の部分に縁取りが施された長衣をまとい、その上に同じ配色の首を詰めた形のケープを羽織っている。
 足を組んで座っている為、裾から覗く足には、脹脛まで覆う長靴を履いている。
 ゆったりとした姿勢で椅子に腰掛けた赤毛の友人は、大部分の人間に好感を抱かれるであろう、柔和な顔立ちに良く似合うまろやかな笑顔を浮かべ、そんな長閑な一言で彼を迎え入れた。
「……ああ。久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
 微笑みに微笑を返し、相手の挨拶には適切な返答を声に乗せる。
「そうですねぇ、冬入り以来になりますか。冬場は雪の所為でどうしても出歩く足が制限されますからねぇ」
「仕方がない。そういう土地柄だからな。……ところで、スカールズ」
 久方ぶりに会う友人と和やかに言葉を交わしていた彼は、こちらも非の打ち所のない魅力的な笑みをたたえて、友人の名を呼んだ。
「はい。なんでしょう?」
 赤毛の青年は柔らかな笑みを浮かべたまま軽く首を傾げて、扉の前に立ったままでいる友の次の言葉を待つ。
「つい先日、部屋を替わったばかりなんでな、馴染みが薄いんだが……ここは俺の部屋で間違いないだろうか?」
「勿論ですよ。近衛の兵舎に私の部屋があったらびっくりです」
 赤毛の青年が大仰に手振りをつけてそう云えば、近衛連隊に籍を置く友も頷き、笑みを深めて言葉をつないだ。
「それはそうだ。普通に考えれば、お前の部屋は大祭殿の敷地内のどこかだろう?」
 軽く首を傾げて訊ねれば、赤毛の青年も微笑とともに頷いてその問いを肯定する。
「ええ。施療院の一角に医官が寝起きする棟があるんですよ」
 その答えを聞き、彼は赤毛の友人に微笑を浮かべたままの表情で、再び首を傾げてみせた。
「で、だ。訊きたいんだが……。この場合俺は、『人の部屋で何を我が物顔に寛いでいるんだ!』と怒るべきか、このまま何事もなかったように会話を進めるのか、どっちのほうが一般的な反応として正しいと思う?」
 部屋の主に、やや的外れな問いかけをされた赤毛の青年は、大真面目に顎に手をあてて考え込む仕草をしてみせる。
「そうですねえ……。ここでその質問を口にする時点で、一般的な反応から外れているんじゃありません?」
 赤毛の青年の返答に、こちらも妙に真顔で納得したように頷いた。
「なるほど。で、何の用だ? わざわざこんな夜中に」
 部屋の主はそれで疑問を解消させたらしく、早々に次の話題へと展開させた。
「そんなこと、決まっているでしょう? 近衛連隊長姿の貴方を見に来たに決まっているじゃありませんか」
 赤毛の青年の、何を当たり前の事を、と云わんばかりの口調に、若い近衛連隊長はわずかに驚いたように軽く片眉をあげた。
「? わざわざ? 何時でも見られるだろう、……この先俺が降格でもしない限り」
「剣を返還するのも、軽く二、三十年は先の話でしょうしねぇ。でもねぇ、エイル」
 これ見よがしに溜め息をついて見せながら、赤毛の青年は自分と同い年の友に意味ありげな視線を向ける。
「盛装姿の貴方は滅多に見られないと思うんですよ。――予想に反して『何時でも見れる』礼装姿でしたけど」
 近衛連隊は常に宮殿に在る為、他の旅団に属する士官とは違い、近衛の士官は普段から礼装に身を包んでいる。
 だが、盛装となれば話は別だ。こちらは何かの儀式の折でもなければ身にまとうことはない。
 赤毛の青年の身分からすれば、そんな儀礼に出席出来る状況は皆無なのだから、この機会に見ておきたいというわけだ。
「……別にわざわざ見に来るほどのものでもないだろう?」
「ああ、嫌になりますねぇ。自分を知らないというのは……」
 軽い驚きをこめて、数度瞬いた近衛連隊長の発言に、大袈裟なほどに嘆いてみせてから、赤毛の青年は未だ立ったままの友の姿を頭の上から爪先までゆっくりと視線をなどらせた。
 彼の容貌はかなり一目を引くものだ。
 まず、その髪と瞳の色だ。
 青年もこの北の地では珍しい暖色系の色彩をしているが、目の前の彼は北の民には滅多に出ないような色合いをしている。
 髪の黒は、月も星もない闇夜の色を思わせる濃く暗い色合いで純黒と呼ぶしかない。
 瞳のあおもまた暗く、黒と見まがうほどだ。
 それでいて、肌の色は北の民らしい淡く透けるような白。
 この色彩に、襟を高く詰めたチュニックの灰色以外は、白を基調とした戦士の装束と、紫紺の裏打ちを施された外套とは実に馴染んでいた。
 その色合いだけでも充分珍しいのに、その身の丈は標準的な成人男子と比べて頭半個から一個は抜きん出るずば抜けた長身なのだ。
 普通ならそれだけ背が高ければ、身体の部品も大きくなる為、巨躯という印象も強まる筈なのだが、彼の場合、身長の割りに顔が小さく、そのおかげで全体の均整が取れている。
 引き締まった筋肉に覆われ、手足の長い九頭身の肢体は全体の均等も良く、比べる対象がなければ抜きん出た長身だとは思えない。
 その上、体躯の見事さに加え、顔立ちも整っている。
「一見の価値はあるでしょう。それに……」
「それに?」
 赤毛の青年はそこでいったん言葉をきり、もう一度わざとらしく溜め息をついて、そっと横を向きながら独り言のように呟いた。
「初々しい新任近衛連隊長を見たかったんですけど――初日から威厳と風格をまとわれているとは思いませんでしたよ」
「それは悪かったな、可愛げがなくて」
 赤毛の友人の表現に、黒髪の近衛隊長は苦笑をこぼす。
「おや? 『上官が落ち着いて構えていなければ部下が安心出来ないだろう』とか云われてたしなめられるかと思ったんですけどねぇ」
「『上官に威儀がなければ部下の覇気も上がらない』とも云ってやろうか? まあ、お前は解っていて云っているからなあ。時々云い返すのが面倒になる」
「それはお互い様でしょう?」
「違いない」
 悪戯っぽく片目を瞑ってそう指摘した赤毛の青年の言に、くつくつと喉の奥で笑みを噛み殺して黒髪の青年も同意を示した。
「で? まさかそれだけの為にこんな夜中まで待っていたのか?」
 笑いをしまい黒髪の青年が問うと、赤毛の青年は小さく首を横に振った。
「いいえ。もう一つ」
「なんだ?」
 問い返しながら首を傾げた黒髪の青年に、赤毛の青年はにっこりと笑いかけると、やおら立ち上がりいきなりその襟足を掴んだ。
 そして、笑顔のままで顔を寄せてきた。
「よーくーも。今まで黙り通して演技し続けてくれたものですね、貴方ってば」
「おい?」
 笑ってはいるが、明らかに弾劾の体勢に入った友人の様相に、黒髪の青年は軽く眉根を寄せて疑問符を示す。
 しかし、赤毛の青年は友のそんな様子を知っていながらも無視し、更に言葉を続けた。
「ええ、ええ。常々短く少ない言葉の端々からも貴方が御自分の父親を思慕し敬愛していることはよぉく伝わっていましたとも。そうですね、あの方でしたら、貴方がそこまで慕い敬うのも納得するというものです」
「スカールズ……?」
「十九年前の内乱を収めた英雄。『中央グラズスの黒狼』と渾名された稀代の戦士。歴代最年少の旅団長であり、建国以来最も若くして戦士達の長ラグ・シェードとなった人物。ええ、ええ。シグルズ将軍なら貴方が誇りとするに足る父親でしょうとも」
「――異常に早耳だな」
 つい先ほどの、黒髪の青年の近衛連隊長昇進を祝す祝いの席で出たばかりの話題を、赤毛の青年が知っていることに少なからず驚く。
「祝宴に出入り出来る侍従や侍女にも知り合いが何人かいますからね」
 黒髪の青年の指摘に、赤毛の青年は器用にも、相手の胸倉を掴んだまま胸をそらした。
「それでも、早すぎるだろう? その祝宴が終わったのはほんのつい先刻のことだぞ」
「おや? ですけど、シグルズ将軍が『自慢の息子』発言をなさったのは祝宴の頭の方でしょう? 皆、熊が団体で出没したような大騒ぎでしたよ」
「――参ったな」
 自身の身内の話が、意外にも周囲の注目を浴びている事を知り、黒髪の青年は思わず天井を仰ぎ見て吐息をこぼした。
「まあ、そういうことで。よくも、隠し通してくれましたねぇ?」
 なおも糾弾の姿勢を崩さない友人に、黒髪の青年は軽く両手を挙げて抗議の姿勢を見せてみる。
「おいおい、スカールズ。俺が悪いのか? お前にだって理由は解るだろう?」
 同意を求める友の発言に、赤毛の青年は大きく頷いた。
「勿論、解りますとも。貴方を見る限り、それから世評を聞く限り、将軍は規律や倫理には厳しい方のようですが――残念ながら世間には凡人や俗人が多いですからね。将軍の息子を贔屓しようとする思い違い甚だしい媚び野郎の何人かがいてもおかしくはありませんね」
 中々の毒舌ぶりに苦笑しながらも否定はせず、黒髪の青年も言葉を続けた。
「――ああ、そうだ。見習い戦士として入隊する前に父にもはっきりと云われた。『父の息子』であることは、俺が実力通りに評価されるには妨げにしかならない、だから今後、誰の前でも俺に親としてあい対さない、と」
「おやおや。想像以上ですが、予想通りのおっしゃりようですね」
 友の述懐に、赤毛の青年は相手の襟首を掴んだまま、肩をすくめた。
「だが、正論だ」
「まったくです」
 襟元を掴み掴まれたまま、共に頷きあう。
「ですけど、貴方の場合、現況以上の速さで昇進することは出来ないとも思いますけど、ねぇ」
「……」
 そういう赤毛の友人の指摘に、黒髪の青年は微かに眉根を寄せて沈黙した。
 黒髪の友がこういう仕草をする時は、その話題に関わりたくないと思っている時だとは知ってはいたが、赤毛の青年にしてみれば放置したまま目を背けておいては欲しくない話題でもあるので、あえて気付かぬ振りをして言葉を重ねた。
「確か、貴方が叙勲を受けたのは十五の時でしょう?」
 戦士の叙勲は成人の洗礼も兼ねている為、剣の技量ばかりでなく人格的な面も加味して叙勲の時期は定められる。
 であるので、普通叙勲を与えられる年齢は十八歳から二十歳といったところだ。
 つまり、黒髪の青年は通常より異常に早い時期に叙勲を受けていることになる。
「――ああ」
 平素の声音を装ってはいるが、その短い返答からも、この話題を続けたくないと思っているのは感じ取れた。
「士官に叙されたのは十七歳の時だとも聞きました。それで、私と会った時――十九か二十歳でしたよね、その時には中隊長。しかも、ヴェストリ旅団の、その上、第三連隊で。果たしてこれ以上に貴方の武勲を物語る経歴がありますかね」
 勿論、十代の士官などかつて例のないことだ。そこまで昇進するにはどんなに早くてもあと十年近くはかかるものだ。
 まして、ヴェストリ旅団といえば、西側の国境を護るのが役目であり――西側諸国は国状がよろしくないので国境は情勢が不安定なのだ――その中でも第三連隊の所轄は最も危険なことで知られている。
 そんな中での異例の昇進である。
 立てた武勲が如何程のものか、想像も追いつかないだろう。
 だが、実際、それは事実でもあり、赤毛の青年も一般的な基準からは外れてはいても、黒髪の青年の才幹を考えれば正当な評価だと考えていた。
「……生き残る運に恵まれていただけだ」
 しかし、当の本人はそれを正しい評価だとは思ってもいないのだ、困ったことに。
「まあ、運も実力の内と云いますしね。個人の技量も、指揮官としての才覚も誰もが認める有能な戦士だったとも聞きますけど。少なくとも、無能な人間に『中央グラズスの黒狼』の異名は与えられないと思いますよ」
 『狼』はヴェストリ旅団の紋章であり、それを異名に与えられるということは旅団の中でも特に武勲に秀でた者だということでもある。
 まして、『中央グラズスの黒狼』は元々はかつての内乱時の英雄の二つ名でもあったものだ。
 これ以上の栄誉はないだろう。
「過分な評価だ」
 だが、その栄誉を与えられた本人には納得がいっていないらしい。
 おそらくこの世で一番黒髪の青年を過小評価しているのは彼自身であろう。そしてはっきりと過大評価に得心がいっていない。
 赤毛の青年にとっては、是非改善して欲しいところだ。
 誰がどう考えても、黒髪の青年の才覚に対する正しい評価なのに、当の本人が過大評価だと不平を感じているのは、理不尽だ。
 第一、赤毛の青年にとって、自分が一番気にいっている人間に対する不当な過小評価は、はっきり云って愉快ではない。
「客観的に考えて、形に残る現実に対しては正当な評価だと思いますよ。――貴方がどれほど厳しく評しても、ね」
 だからこそ、折につけて説得しているのだが――未だ納得してもらっていない。
「……別に、人より早い昇進を望んでいたわけでも、周囲の賞賛が欲しいわけでもない」
 赤毛の青年のしつこいまでの指摘に、黒髪の青年はこの話題を持て余したように、視線を横に逸らして呟きをもらした。
「ただ、父にとって無様な息子にならぬよう、心がけているだけだ」
 ただそれだけなのだから、過大な評価は望ましくない。
 言外に、態度だけでそう主張する黒髪の青年に、赤毛の青年は微かに片方の眉を吊り上げた。
 これが他の者なら、謙虚にしか見えない態度でやんわりと首を横に振るだけで済ますのだが、赤毛の友人が相手だと、黒髪の青年は徹底的に世論の評価を否定する姿勢を崩さない。
 ある意味では、本音を明かされているわけだから、親友を自認する身としては嬉しいのだが――。こうも堅固に否定されるのは楽しくない。
 ――何故、黒髪の青年がそこまで自身に対する賞賛を拒絶するのか、その理由は赤毛の青年も知らない。
 単純に己の力量を過少に考え態度を慎んでいるのか、もっと高みに目標を抱いている為この程度で完成されたように思われるのを厭っているのか、あるいは他に理由があるのか――。
 親友だと思い、互いに本音を明かしあえているとは思うが、だからといって内面の全てを明かしているわけでもないからだ。
 もっとも、それも当たり前の話だ。
 どれ程親しい間柄であろうとも、別の人格を持ち異なる思考の元活動する他人である以上、相手の全てを知りえることなど叶う筈がない。
 相手が語らぬのならば、聞かない。知られたくないと思っているのならば暴き立てない。
 それは他者の人格を尊重する為の最低限の礼儀だろう。
 だから、知らない。聞きだす気もない。
 ただ、客観的な意見を示すだけだ。
 もっとも、他のことには周囲の意見に耳を傾け、それを取り入れる黒髪の青年が、この点だけは決して聞き入れたことはないのだが……。
 黒髪の友の、意志の強さという長所と背中合わせに同居する頑固という短所に、手を焼かされている赤毛の青年は盛大に溜め息をついて、仕方なく話題を変えた。
「まあ、押し問答はこれくらいにして、本題に戻りましょう。よくぞ、黙り通してくれましたね?」
 相手以上にむっつりとした表情を作って、その胸倉を締め上げれば、黒髪の青年は眉間の皺を解いて、軽く片眉を上げ呆れたような表情を見せた。
「理由をそこまで理解していて、俺を責めるのか?」
 『黙っていた理由』をその口で説明しておきながらのこの行動に、抗議の声を上げれば、赤毛の青年はけろりとして言い返した。
「違います。非難ではなく、八つ当たりです」
「おい?」
 普通、堂々と言い返す理由にはならない理由を高らかに断言する赤毛の友人に、流石に黒髪の青年の声音にも不審の響きが宿った。
「この、私まで見事に引っ掛けられていたなんて、まったく自分の不甲斐なさに腹が立つ」
 黒髪の青年の襟元を掴んだまま、赤毛の青年はチッと高らかに舌打ちをする。
 しばらくその様相を眺めていたが、幾分か考え込んでから黒髪の青年は小さく呟いた。
「……なるほど、理不尽だが筋は通った主張だ」
「普通、八つ当たりに筋は見つけられないと思うんですけど」
 その呟きに赤毛の青年がまだ襟首を掴んだままで言い返せば、意外そうに黒髪の青年は軽く首を傾げた。
「そうか? つまり、俺の隠し事を見抜けなかった自分が腹立たしい。だが、自分に怒りをぶつけるのは馬鹿馬鹿しいから原因の俺に当り散らす。充分筋が通っているじゃないか」
「一般的に、八つ当たってる時点で筋が通ってないと判断されるんですってば」
「ああ、そういう考え方も出来るか」
「世間ではその考え方が大多数です」
 そういう論争をしているあたりで、二人とも一般的思考から外れているのだが、残念ながらそれを突っ込む第三者はここにはいなかった。
「……そういえば」
 呟くように云いながら、赤毛の青年はようやく胸倉を掴んだ手を放す。
「なんだ?」
 引っ張られた胸元の皺を伸ばしながら、黒髪の青年が首を傾げて聞き返すと、赤毛の青年は独り言のような口調でこう云った。
「将軍が御自分の前言を撤回なさったのはどういう心境の変化でしょうねぇ?」
「……ああ、ソール小父上に云われたそうだ。今の状況でまだ隠し通す必要は無いだろう、と」
 その呟きに対する返答に出てきたのは、件の父親の数十年来の戦友の名だった。
 件の父親とは彼の内乱の頃から無二の戦友として、そしてその右腕として闘ったという話だから、おそらくその人物も彼ら親子の事情を知っていたのだろう。
「――なるほど。今更、光る親の七光りもない、と」
 納得の意を込めて頷く赤毛の友人に、黒髪の青年は再び口を開いた。
「で?」
「で?」
 最初に訪問の理由を聞かれた時と同じ口調で投げかけられた問いかけに、赤毛の青年が同じ様に言葉を返せば、黒髪の青年はほんの少し首を傾げるように微笑って更に問いを重ねた。
「それで終わりか?」
「と、いうと?」
「見学と八つ当たりの為だけに来るには、大祭殿と宮殿は距離がありすぎるだろう」
 黒髪の青年の云う通り、この二つは同じ市街にありながらも、街の規模が大きいがゆえに大層な距離がある。
 赤毛の青年も、幼い頃から親と共に旅を続けていただけあって相当な健脚ではあるが――それが理由で大祭殿からの使いをよく仰せつかるのだが――そうひょいひょいと気軽に行き来できるような距離ではない。
「当然でしょう。勿論、もう一つ、一番大事な用件があるに決まっているでしょう」
 人差し指を立て、二、三度それを横に振りながらそう云うと、赤毛の青年はその視線を真っ直ぐに黒髪の青年に向けた。
 そして、微笑みと共に口からこぼれたのは……。
「おめでとうございます」
 簡素で、それでいて優しい、祝賀の言葉だった。
「……」
 ある意味では突然の一言に、一瞬、黒髪の青年も言葉を失い、思わず目を丸くして相手を凝視してしまった。
「昇進の祝いと取っていただいても、父君から一人前と認めてもらえた事への祝辞と取っていただいても、どちらでも構いませんよ? 両方の意味がこもってますから」
 にっこりと笑いながら、悪戯っぽくそんな一言を付け加える。
 その一言に、黒髪の青年もつい小さな笑いがこぼれた。
 そして、黒髪の青年も真っ直ぐに赤毛の青年を見下ろし、云うべき言葉を返した。
「――ありがとう」
 こちらも、飾らないが心からの礼のこもった一言だった。
「さて。では、飲みましょう。祝いの席には酒! これは酒精の蒸留法が発見されて以来、覆されること無き不文律ですからね」
「まだ、飲ませる気か!?」
 何処に持っていたのか、たぷん、と音をさせて飲み口のついた皮袋を取り出し掲げ持つ赤毛の青年に、黒髪の青年が思わず声を荒げた。
 しかし、友人は涼しい顔でこう云ってのけた。
「当たり前でしょう、祝宴で散々勧められてきたでしょうけど、私の酒はまだ飲んでいませんからね。飲んでもらいます」
「二日酔いになったらどうしてくれる?」
「火酒の一口や二口で、酔うほど弱くはないでしょうに」
 さり気無い反論は、一言の元に退けられた。
「――分かった、頂こう」
 若干苦笑気味に笑いながらも、黒髪の青年は外套を脱いで壁の掛け具に引っ掛けると、そのまま赤毛の青年と対するように椅子に腰掛けた。
「それで良いんです」
 満足げに笑って、赤毛の青年も再び着席する。
 ――――そうして、友人同士のささやかな酒宴が始まった。













と、いうことで、サイト開設二周年おめでとう!
作中のスカールズ君の「おめでとうございます」は、形の上ではエイル君に対して云っていますが、事実上銀月嬢へ捧げさせてもらいます。
削った割には妙に長ったらしい話(しかも裏設定満載……(汗))になってしまいましたが、何せこの二人の掛け合い漫才が止まらなくて……(笑)
好きだし、楽しいんですよね、男同士の友情的な話って。
追記。『北の国』という設定なので、飲む酒はウォッカ(無論ストレート)です。<わざわざ書くことか?
二〇〇三年睦月中旬 月読遊




 いえーい、もらっちゃった〜♪
 昨年に引き続き、月読さん、ありがとうございます〜。
 かなり、早くに貰っていたのにUPするの遅くなってごめんなさいね。
 スカールズ君にお祝いを言っていただけるなんて嬉しいです……。<にやけた笑い
 本編の活躍、心より楽しみしております。
 お返しと言っちゃあなんですが、二周年企画のリクエスト作品頑張りますねv
2004.2 銀月 愁稀




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