あくびを噛み殺して食堂に入ってきた瞬間、キラは静かに双眸を細めた。 「おはよー、キラお兄ちゃん」 「もう、みんな食べてるよー」 「いっつも、お兄ちゃんが最後だよー」 「寝坊さんだよねー」 「ねー」 朝から元気のいい子どもたちに軽く頷きながら、キラの視線は給仕に勤しむラクスに固定されたままだった。 「おはようございます、キラ」 ラクスはスープが入った皿が載ったトレイを持ったまま、にこりとキラに微笑みかけた。 その微笑を見て、キラの頬がかすかに動いた。 「キラ……? どうかなさい」 ました? ラクスの言葉は唐突に途切れた。 こつりと当たる額の温もり。 目の前には真剣な眼差しの紫色の瞳。 それまで騒いでいた子どもたちも、ぽかんとキラとラクスを見つめる。 「キ、キラ!?」 「……やっぱり」 ラクスの動揺の声はキラの低い声音に打ち消された。 キラは嘆息して、ラクスの手からトレイを取り上げる。 「え」 そして、キラはくるりと食堂を見回した。 「まだ、スープ貰ってないのは?」 落ち着き払ったキラの問いに、咄嗟に動くことのできる人間はいなかった。 しかし、キラはスープの並んでいない席を見つけると、手早く並べてしまう。 「あ、あの、キラ……?」 戸惑いながらラクスが呼びかけると、どことなく据わった眼差しでキラは振り返った。 「ラクスは寝室」 「え?」 その鈍い反応にキラは小さく溜め息を吐いて、おもむろにラクスを抱き上げた。 「っ!?」 ラクスは驚愕に硬直した。 「マルキオさん、今日はラクス休ませますから」 盲目の導師はかすかに表情を揺らした。 「どこか不調でも?」 そして、キラは端的に答えた。 「熱があります」 言い放ち、キラは素早く踵を返して食堂を出て行く。 同時に、食堂から届いた騒ぎに、硬直していたラクスは真っ赤になり、そろそろと窺うようにキラを見上げた。 「あの、キラ?」 「何」 「……怒ってらっしゃいます?」 「それなりに」 短く答えるキラの声は硬い。 キラはラクスの寝室まで来ると、わずかに抱く態勢を整え直して扉を開けた。 その際に、首筋に触れたラクスの呼気の熱っぽさに、キラの表情が更に厳しくなる。 後ろめたそうに身を縮こまっているラクスの体を寝台に下ろし、キラは溜め息を吐いた。 「……キラ?」 「別に、ラクスを怒っている訳じゃないから」 言ってから、キラは小さく微笑した。 「ラクスが人一倍頑固で、見かけによらず、意地っ張りで、他人に心配かけるのを嫌がっているの知っているから、知っているのに、こんな状態になるまで気づかなかった僕自身に怒ってるだけだよ」 ラクスは困惑してキラを見つめた。 何をどう言えばいいのか。 「……わたくし、頑固ですか」 「頑固だよ」 「意地っ張りですか」 「意地っ張りだね」 次々と即答され、ラクスは柳眉を潜めた。 「少しは否定して下さい」 「だって、本当のことでしょ」 さらりと受け流し、キラはラクスを横にさせる。そして、掛け布を引いた。 「ほら、病人は大人しく寝ている」 一方的な宣言を受け、ラクスは溜め息を吐いた。 「微熱ですわ」 「風邪は引き始めが肝心なんだよ」 ささやかな反論さえ簡単にあしらわれ、ラクスはキラを睨み上げた。 その表情にキラは一瞬息を呑む。 「……ラクス」 「何ですか」 素っ気無い返答に、キラは苦笑した。 「今の状況で睨んでも迫力ないから。……いや、別の意味ではすごいけど」 キラの後半の言葉は小さくラクスの耳には届かない。 むすりと睨み続けるラクスに微笑みかけ、あやすようにキラは頭を撫でる。 「とにかく、今は眠って」 「まるで、子ども扱いですわね」 キラはくすりと笑った。 「ラクスの反応が子どもみたいだからだよ」 まるっきり、拗ねている子どもみたいだ。 くすくすと笑いながら、キラは何度も優しくラクスの頭を撫でた。 その心地よさに、ラクスは目を閉じて甘受する。 どうしてだろうか。 キラの前だけ、普段のラクスなら決して出さない本音が零れる。 今も、こんな子どもっぽい態度を取るつもりは欠片もないのに。 だが、悔しさを覚えながら、同時に、ひどく安堵しているのは事実だった。 ふわりと撫でていた手の感触が離れる。 その瞬間、ラクスは目を開いていた。 「キラ……?」 その弱々しい声に、キラだけでなくラクス自身も驚いて固まる。 心細さに縋るような声が自身のものだとはすぐに信じられない。 だが、我に返った瞬間、ラクスは白い頬を朱色に染め、掛け布を引き上げた。そして、くるりと体を反転させる。 その一連の仕草を見たキラも、ぎこちなく視線を彷徨わせ、おもむろに口元に手を当てる。 心なしか、キラの頬も赤い。 「……ラクス?」 そっと呼びかけると、先ほどは対照的に凛とした答えが返ってくる。 「キラのお言葉通り、大人しく横になります」 次の瞬間、キラは込み上げてきた笑いを抑えることができなかった。 それと同時に、ラクスがむくりと半身を起こした。 「キラ!」 咎める声音も、熱に潤んだ瞳と赤い頬では本来の役目を果たさない。 「あ、あぁ、ごめん。ほら……余計に熱が上がるから横になって」 くすくすと笑いを噛み殺そうとしながら促すキラに、ラクスは睨みつけた。 「好きで熱を出している訳ではありませんのよ?」 「うん」 一つ頷いて、キラはにこりと笑いかけた。 「薬、取ってくるだけだから、ちょとだけ我慢して?」 柔らかくお願いされて、ラクスは言葉に詰まる。 熱に侵された頭は上手く働いてくれず、切り替えしができない。 完全に、キラが主導権を握っていることを知り、ラクスは不意に沸き起こった悔しさに唇を噛み締めた。 全部、見透かされている。 その歯がゆく思い、悔しいと思うのに、同時に嬉しさと喜びに泣きそうになる。 何も言えず、ただ見つめてくるラクスに、キラは小さく笑った。 「ラクス」 その呼びかけに応える間もなかった。 唐突に、けれど優しく引き寄せられ、ラクスは蒼い瞳を瞠った。 「!」 そして、状況を理解した時にはすでに遅く、ラクスは与えられるくちづけに翻弄されるしかなかった。 「っあ」 ただでさえ熱い体の熱が更に一気に上がる。 「ん……っ!」 咄嗟に、キラの胸を叩くが、儚い抵抗はあっさり無視される。 感覚が一点だけに集中して、同時に意識が拡散していきそうになり、ラクスは震えた。 重ねられた温もりがいつもより熱いように感じるのは風邪のせいだろうか。 「ふ、ぁ……」 ようやく開放され、零れた吐息はやはり熱を帯びていて、ラクスはくたりと脱力した。 傾いたラクスの体を支え、キラはくすりと笑った。 「大人しくしてて、ね?」 その言葉に、ラクスの細い肩が一瞬震えた。 そして、緩々と上げた顔に、キラは思わずは息を呑んだ。 先ほどより格段に紅潮した白い肌。 やや乱れた髪がかかる白い首筋の細さを強調し、潤んだ瞳は艶めいた色を自覚なしに宿していた。 「……キラ……言ってることとやっていることが違いますっ」 鋭い指摘に、キラは曖昧に微笑みを浮かべた。 「いや、あんまり、ラクスが可愛いから……」 「!?」 ラクスの言うことはもっともなのだが、今の状態であれだけで止めた自制心を褒め称えたいと思うキラである。 更に頬を赤くして、絶句しているラクスをちらりと見やり、キラは気弱げに微笑みかける。 「ごめんね?」 その瞬間、ラクスは肩を落とし、深い溜め息を吐いた。 「……卑怯ですわ」 力なく呟く声に、怒りの色はなかった。 「うん、ごめん」 ぽんぽんと宥めるように頭を撫でられ、ラクスは口元を引き締める。 「謝るくらいなら最初からしないで下さい」 突き放すような言葉でも、そこに宿る響きは諦観で、キラはくすりと微笑する。 「でもね、ラクス? 昔から言わない? 風邪を手っ取り早く治すには他の人に移せばいいって」 思いがけないキラの言葉に、ラクスはきょとんと目を瞬かせた。 次いで、緩々と苦笑を浮かべる。 「それで、次はキラが風邪ですか?」 キラは柔らかく微笑んで頷いた。 「うん、そう。そしたら、ラクスが看病してくれるでしょ?」 ラクスは再び溜め息を吐いて、そして、小さく笑った。 「……何だか、色々と間違っている気がするのですけど、あいにく、わたくし、熱がありますから、きちんと訂正できませんわね」 そして、ラクスは再び訪れる『治療』を微笑んで受け入れた。 後日。 「っくしゅ……っ!」 「あれー? キラお兄ちゃん、風邪〜?」 「お顔、赤いよー」 「……だって、ラクス?」 「……病人は大人しく寝ていて下さいな」 |
テーマは「超糖度高めの甘いキララク」。 い、以前に似たような話を書いていることに書き上がってから気づきました。<死 あ、でも、糖度は割高です! 微妙に、何かが違うような気がしないでもないのですが、精一杯甘くしました! 書いている途中、我に返って羞恥心と戦うはめにもなり、わ、私……勝てたんでしょうか。 とりあえず、何故、そんなに余裕なんですか、キラ……。汗 白雪さん、70000HIT申告&リクエスト、ありがとうございましたv こんなもので申し訳ありません〜。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||