束縛の不文律





「あ」
 人々のざわめきと音楽が満ちる中、その一言はやけにはっきりと聞こえた。
「……どうした?」
 その声の主である幼馴染みをアスランは首を巡らして見やった。
「あー、うん、何か限界かも」
「は……?」
 言葉とは裏腹な緊張感のない表情に、アスランは全く理解できなかった。
「そりゃ、お前、腹減ってるからだろ。さっきから、ちっとも食ってないからな」
 そう決め付けると、カガリは取り皿を一枚キラに押し付けると、次々と盛り上げていく。
 カガリ自身の手にも皿があり、そこには複数の料理が乗っている。
 立食形式のパーティーとはいえ、仮にも一国の代表が、嬉々として料理に手をつけていく姿は何とも言いがたいものがあった。
 しかし、止めることの出来る限られた存在の二人は止めなかった。
 一人は最初から止める気はなく、もう一人は注意はしたのだが、その無邪気な笑顔に屈服した結果である。
「……カガリ」
「何だよ、この私が取ってやってるんだぞ、有難く食え」
 ちらりと盛り付けられた皿に視線を落とし、キラは溜め息を吐いた。
「別にお腹が空いている訳じゃないんだよ」
 そして、キラは当たり前のように皿をアスランに受け渡す。
「キラ?」
 つい、皿を受け取ったアスランは訝しげな眼差しを送った。
「具合でも悪いのか?」
「んー、具合……っていうか、これはストレスだね」
「……?」
 そして、キラは一転して心配そうに見てくるカガリに微笑みかけた。
「やっぱ、我慢はよくないよね?」
「あ、あぁ……もちろんだ。だから、食べたいなら食べて」
「いや、そっちじゃなくてね」
 カガリの発言を慣れた様子で軽く受け流し、キラはニッコリとアスランに笑いかけた。
「ということだから、僕は行くよ」
「行く、ってどこに……」
 徐々に表情を引きつらせていくアスランとは対照的にキラの表情の微笑みは深まっていく。
「あはは」
「わ、笑って誤魔化すか!?」
 しかし、キラはアスランの狼狽を無視して、まだ不思議そうに見ているカガリに、にこりと笑いかけた。
「じゃ、アスランの面倒をよろしく」
「何だか、よく分からんが、分かった」
 カガリは男らしく力強く頷いた。
「待てっ、俺か!? 逆じゃないのか!?」
 咄嗟に突っ込んだアスランを、カガリは瞬時に詰め寄って睨み付ける。
「何だと!? それはどういう意味だっ!」
「え、あ、いや……ちょっ、待て、キラ!」
 うろたえながらも視界の隅に離れていくキラの姿を認め、アスランは呼び止めた。
 キラは肩越しに振り返って、にこりと笑う。
「じゃあ、僕は頑張ってくるよ、カガリ」
「おおっ、しっかりやれよー!!」
 さりげなくアスランを二人は無視した。
「カガリっ! お前、分かってないのに煽るなっ!」
「煩いぞ、アスラン! 黙って食べてろ。ほら、コレ、美味いんだから」
 そして、カガリは自分の皿から料理の一つを取って、アスランの口元に持っていく。
「っ!」
 思いがけない状況に、アスランは固まった。
「カ、カガリ」
「ん?」
 無邪気というのはつくづく罪だとアスランが思った瞬間だった。
 そうやって、二人を自分から意識を逸らすことに成功したキラは流れるような動きで場内を巡った。
 式典に相応しい礼服を纏い、色鮮やかなドレスで着飾った人々の顔は大概にして晴れやかだ。
 戦後の復興協定の許、長きに渡った協議が終わったのだ。
 各地の代表者だけなく、技術者も多く招かれ、その専門知識の情報交換に場内は賑わっている。
 明日にはそれぞれの地に戻り、その協議結果に基づいて復興計画を進めていくことになっていた。
 オーブ代表であるカガリや、プラントの中枢を担う一人であるアスランがいるのは当然として、キラは技術者の一人として招かれていた。
 そして、キラはこの協議で最も注目を集めた一人である少女が会場である庭園から離れていくのを見つけた。
「……」
 少し考えて、キラは不意に身を翻した。




「少し、失礼しますわ」
 一度、会話が途切れたところで、ラクスはたおやかに断りの言葉を発した。
 話しかけてくる人間を微笑みで軽く応じつつ、賑やかな空気に満ちる庭園を離れる。
 屋敷の中に戻り、ようやく一息をつける状態になったラクスは、ふと視線を庭園に戻した。
 絶えることなくやってくる挨拶と人々の対応から逃れるために、室内に戻ってきたが、今一度戻る必要があった。
 そこにはラクスが会いたいと願う少年がいるはずだ。
 そっと溜め息を零して、ラクスは自身が思っている以上に疲れていることに気づいて苦笑した。
「あら、ラクス様、そんなところでいかがなされました?」
 不意に、声をかけられ、ラクスは咄嗟に表情を取り繕った。
 浮かべ慣れた微笑を浮かべ、話しかけた婦人に答える。
「少し熱気にあてられたようで……」
 それもまた事実であったので、相手はあっさり納得してくれた。
「まあ、そうでしたか。では、こちらで一緒にお茶でもいただきませんか。ご紹介した方もいらっしゃいますのよ」
 微笑を崩さずに、礼を言いつつ、ラクスは内心上手い断り方に思考を巡らす。
 こういった場合、紹介されるのがどういった類の人間であるか、経験上、ラクスは知っていた。
 いつもならもっと余裕を持って応じるところだが、今のラクスにその気力はなかった。
 協議の合間、キラと言葉を交わす機会はなく、辛うじて、視線を交わすだけの日々。
 それだけでいいと思った時もあった。
 だが、時が流れるにつれ、その想いが深まると共に、貪欲になっていくのをラクスは感じていた。
 そろそろ、本当に限界だ。
「さあ、こちらですわ」
 穏やかに、しかし、どこか有無を言わさぬ雰囲気で先導する婦人に気づかれないように溜め息を零し、ラクスは歩み出す。
 不意に先を行く婦人が背を向けた瞬間だった。
 間近にあった部屋の扉から腕が伸び、ラクスの口元を押さえ、そのまま引きずり込む。
「っ!!」
 蒼い瞳を見開いたまま、ラクスは抵抗らしい抵抗一つすることもできずに浚われる。
 扉が閉まり、光が遮断され、視界が暗くなった。
 自身の迂闊さをラクスが呪った瞬間だった。
 耳元で、くすりと笑う気配。
「!?」
 その馴染みのある気配に、ラクスの理性が判断を下すより先に体が動いていた。
 身を捩り、相手の顔を確かめようと目を凝らす。
「……キラっ」
 小さな、間近にいても聞き逃しそうな小さな声に、キラは微笑みを浮かべた。
「ごめん、驚いた?」
 暗闇に慣れると、室内は完全な闇ではないことが分かった。
 開け放たれた窓から差し込む月明かりがほのかに二人を照らし出す。
「ど、うして」
 驚きを隠せないラクスに、キラは静かに微笑んだ。
「だって、これ以上は許せなかったから」
「え……?」
 ラクスは戸惑いながら、キラを凝視した。
「これ以上、ラクスが他の男に笑いかけたり、話しかけたりするのを許せるほど僕は心が広くないってことだよ」
 次の瞬間、ラクスは顔が火照っていくのを感じた。
 率直な言葉は嬉しく思うと同時に、否が応でも羞恥心を煽る。
 駆け引きや遠慮という名の回りくどい会話に慣れたラクスに、キラの飾らない言葉は狼狽させるだけの威力を持っていた。
「だ、だからって、こんな、拉致みたいなことをしなくても……」
 俯いて咎めるラクスに、キラは小さく笑った。
「みたい、じゃなくて、そのつもりだけど?」
「……ぇ?」
 思わず顔を上げたラクスが見たのは淡い月明かりに映し出されたキラの不敵な微笑だった。
 眼差しは逸らすことができないほどまっすぐな強さを伴って、ラクスから言葉を奪う。
「キラ?」
「僕はラクスに会うためにここに来たんだよ」
 そうでなければ、協議が終わった早々に帰途に着いている。
「ラクスは?」
「わ、わたくしは」
「うん?」
「……わたくしも、ですわ」
 その瞬間、キラは嬉しそうに笑った。
「だったら、もうここにいる必要なんてないよね」
 その言葉が意味するものを察して、ラクスが何か言おうと口を開いた瞬間だった。
 音になる前の声が、柔らかな温もりに押し返される。
「……っ!」
 咄嗟に目を瞑り、ラクスはキラの袖を掴んだ。
 わずかに顔を仰向けにされられ、より深く交わる呼気と熱。
 力が抜け、崩れ落ちそうになるラクスを、キラの腕が扉と挟み込むようにして支える。
「……ラクス?」
 耳元で囁き呼ばれ、ラクスは我に返った。
「あ……」
 思考が上手く纏まらない。
 陶然とした表情で見上げてくるラクスに、キラがくすりと笑った直後。
「あら、ラクス様? どちらに行かれましたの?」
 ラクスの不在に気づいて戻ってきた婦人の声を扉越しに聞いて、ラクスは身を緊張に強張らせた。
 しかし、キラは動じた様子もなく、くすりと笑って、再び唇を寄せた。
「っ!」
 逃げ場なんて最初からあるはずもなく、ラクスは再び目を瞑って、声が出ないように祈った。
 鍵もかかってない扉一枚だけを隔てての行為に、神経が過敏になっている。
 それだけではない。
 会いたくて、会いたくてしかたなかったキラに会えて、そして、久しぶりに触れる温もりに、ラクスの心は歓喜して欲していた。
 恐らく、キラは分かっているのだ。
 ラクスが拒めるはずがないことを。
「……おかしいわねえ。お戻りになられたのかしら」
 訝しげに呟きながら、廊下から人の気配が遠退いていく。
 そうして、完全に人の気配が途絶えた頃、ラクスはキラに寄りかかることでしか立てなくなっていた。
「……大丈夫?」
 その今更な発言に、ラクスは鋭く睨みつけた。
「大丈夫に見えますか、これが」
 潤んだ蒼い瞳に、淡く色づいた白い頬、濡れて艶を増した唇、扉に押し付けられたせいでやや乱れた薄紅の髪。
 改めてラクスを見やったキラは苦笑した。
「あー、うん、ごめん、失敗した」
「……失敗?」
 微妙な謝罪にラクスが言及しようとした瞬間だった。
 キラはひょいと軽々と力が抜けたラクスの体を抱き上げた。
「ここじゃ、さすがにねぇ……」
「っ!?」
 咄嗟に、キラの首に腕を回し、安定を取ったラクスは驚愕の眼差しでキラを見やった。
「キ、キラっ!?」
 ニコニコと上機嫌そのものの笑顔で、キラは窓枠に片手を置いた。
「ん、どうかした?」
「ど、どうなさるおつもりですか……」
 キラはニッコリと見る者を惹きつけて止まない笑顔で答えた。
「ラクスの了承も得たから、心置きなく『拉致』しようと思って」
「キラ……」
「ん?」
 ラクスは肩を落とし、そっと溜め息を吐いた。いつの間にか、ラクスは微笑を浮かべていた。
「言葉の使い方を間違っていますわ」
 無理強いではないのだから、『拉致』という言葉は不適切だ。
「そう?」
「ええ」
 真面目に頷くラクスに、キラは小さく笑った。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど」
 そして、呆れて苦笑しているラクスの耳元で、そっと囁く。
 その瞬間、ラクスの苦笑は更に深まった。
 夜風が吹いて、窓辺のカーテンが大きく揺れる。





『逃がすつもりはないから』


『望むところですわ』




 カーテンが落ち着きを取り戻した時、二人の姿は消えていた。




テーマは「やきもちを妬くキラ(黒キラ希望)で糖度が高めのもの」。
キラは黒く仕上がったかと思います。
アスランとカガリを手玉を取ったり、やってることが黒い、ですよね……。←自信ない
問題は、むしろ、後半。
甘いというより、若干大人向けな雰囲気が漂ってしまいましたっ。<死
そして、嫉妬の要素はどこに……?

チャコさん、ご、ごめんなさいっ!
せっかくのリクエストなのに、こんな不出来なものになってしまいました〜。
未熟な管理人の運営するサイトですが、これからも宜しくお願いしますっ。


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