『散歩日和の晴れた日に』



 それは、秋の除目を初めとする諸々の行事も一段落した、ある日の出来事。
 午の刻を告げる鐘の音が打たれる頃、清涼殿へと渡る公達二人の姿があった。
 共に四位以上の位階を示す黒袍をまとい、下襲の裾を長く引いた衣冠姿だったが、指貫の色ばかりは相違していた。一人は紫緯白で八藤丸、もう一人は濃縹に八藤丸の紋様を描かれた指貫を身に着けていた。
 二人の上達部は親しげに語らいながら歩みを進めていたが、不意に会話が途切れ、どちらとも無く視線を前方、清涼殿へと向けた。
 常と変わらぬ筈の、主上のおわす殿舎に何処とは無く漂う違和感に共々注視を向ければ。即座に違和感の理由は明瞭たるものとなる。
 帝のお側近くに侍る蔵人達が、何ゆえか今日に限って落ち着かぬ様子を見せているのだ。
 何事かと、二人が事の次第を伺っていると、蔵人頭が――頭中将が何やら蒼白の顔色で御簾内より出でて蔵人達に何やら指示を与えていた。
 どうやら只事ではないよう……。



「頭中将」
 蔵人達が散り、頭中将が一人になった頃合を見計らって声を掛ける。
 呼びかけられ、振り返った頭中将は二方の姿を認め、僅かながら表情を緩ませた。
「四位の大輔殿、高倉の中納言殿」
「何か、あったのか?」
 四位の大輔と呼ばれた紫緯白の指貫の公達が案じたように尋ねると、頭中将は少々困ったように眉根を寄せて云いにくそうに微かに視線を落とした。
「もしや、主上の御身に何事かあったのですか」
 それを察し、高倉の中納言と呼ばれた濃縹の指貫の上達部がやんわりと言葉を重ねて促すと、頭中将も心を決めたのか、視線を上げて、実は、と口を開いた。
「……主上のお姿が、何処にもお見受け出来ないのです」
「……何、だと?」
「――それは、一体どういう……」
 思いもがけない一言に、二人の口から若干間の抜けた声が漏れた。
「……言葉の通り、です――」
 それを受け、溜め息混じりに呟いて、頭中将は頭ごと肩を落とした。
「――影も形も?」
「……周囲の蔵人も上の女房も、主上の所在に全く心当たりがないのか?」
「恥ずかしながら、その通りです」
 二人の指摘に、頭中将は頷きと共に肯定の言葉をこぼす。それを聞き、二人はますます面妖な表情になった。
 それもそうだろう、大内裏の内から主上の姿が消えるなどという珍事、聞いたこともない。
 あまりに珍妙な出来事に太政官、中務省、それぞれ職場きっての能吏もただただ呆然とするばかりだ。
「――何処においでか、まったく分からぬのですか?」
 唖然としながらも理性を奮い立たせ中納言が問うと、頭中将は何故か情けなさと恥ずかしさの入り混じった複雑な表情で小さく頭を振った。
「それが……」
 云いながら、折りたたまれた料紙を取り出して二人に差し出した。
「主上がお使いになられている文机の上に残されていたものです」
 どうにも歯切れ悪く説明する頭中将を訝しく思いながらも、その料紙を受け取り開き見て――二人は目を丸くしてその紙面を食い入るように見つめた。そればかりか、天地を逆にして見直したり、果ては裏返し透かし見ようと試みたりしている。
「………………中将」
 そんな端から見れば怪しいことこの上ない仕草で料紙を散々改めてから、大輔はそれはそれは怪訝かつ珍妙な表情で顔をあげ、そして問うた。
「……これは、字、なのか?」
 疑わしさが溢れるほど滲み出た質問に、頭中将は重々しく首を縦に振った。
「……おそらくは」
「――もしや……。この非常に個性的なお手蹟は主上の……?」
 そのやりとりを目にして、思い至った一つの結論を中納言は困惑も露におそるおそる訊ねてみる。
 それに対する返答は――頭中将の無言の頷きだった。
 中将の肯定に、二人とも何とも云い難い表情で再び料紙に目を落とした。
 その手蹟は下手……というよりは、クセ字、と云うべきだろう。ただし、あまりにクセがありすぎて判読は相当に困難なだけで。(映像でお見せ出来ないのが残念です)
 例えて云うならば、アラビア文字の読解を迫られた現代人の心境でその料紙を眺め見ていた三人だったが、暫くして、若干虚ろさを漂わせた笑みを浮かべて顔をあげた。
「――――なんというか、こう、懐かしい手蹟ですね」
「……ああ、確かに。私の姫も手習いを始めた頃はこんな感じで」
「そうですね、私の子供達もそうでした」
 打破困難な状況に対面した時、人は次元・時代の別無く酷似した反応を見せるらしい。
 即ち、現実逃避である。三人の気の抜けた笑い声が空しくこぼれる。
「「「……て」」」
 が。
「現実逃避をしてる場合じゃ、ないっ!」
 そのまま、逃避し続けられないのが、年齢的にも地位的にも責任ある人間の悲しさである。
「その通り! 状況的にこれは主上の書置きと判断するべきですね」
「問題は、その書置きが判読出来ない、という事なのです」
 重々しく頭中将がそう云うと、中納言は思案するように顎に手をあて独語をもらす。
「……誰も読めぬ、という事はないでしょう。誰か一人くらいは――」
「――! 確か、准后の宮さまは斎宮として伊勢においでの折、主上と文を取り交わしていらっしゃったとお聞きした覚えがある」
 准后の宮とは、主上の異母妹にあたられる姫宮である。
 異腹とはいえ、兄たる主上や院とは同腹の兄妹のように仲睦まじいことは周知の事実である。
 中納言の呟きに、記憶が触発された大輔が手を打ちそう云うと、即座に返答が返った。
「では、急ぎ宮さまに使いを」
「いや、私が直接行く! 馬寮に人を!」
 人を呼ぼうと踵を返しかけた中将の手から、そう云って大輔は件の料紙を半ばもぎ取るように受け取り、早々に行動を起こす。
 走り出しそうな勢いで去って行く大輔を見送る間も惜しむように、中納言は中将を振り返り、今後の探索計画について意見を提示した。
「中将殿、蔵人だけでは手が足りぬでしょう、実家の家司もお使いなさい。私もお手をお貸ししましょう」
「は、はい、ではそのように」



 ――――こうして、慌しい午後は幕を開けた。
 が、あまりの珍状に宮中きっての能吏達も思考力が低下していたらしい。
 主上の正妃たる中宮もまた、その手蹟を読めるであろう可能性に結局気付くことは無かったのだから……。








二〇〇二年六月一日、K市某所のファミレスにての会話(要約)。
月読「唐突だけど、二宮パパの即位後の政治方針を教えて欲しいんだ」
銀月「……本当に唐突な……(・・;) 例えばどういう意味で?」
月読「例えば、帝親政を目指して摂関家と政治的対決をするのか、操り人形に甘んじるのか……。宮中の勢力分布を決めるにあたって、制度上トップに立つ人の立場が知りたいわけよ」
銀月「うーん……。どっちも違うような気がするなぁ」
――以上、今上誕生秘話(笑)
その後、何度か話をするうちに出てきた小噺の内の一つがめでたくSSとしての形を得ました。
でも、当の二宮さまは欠場(失笑)<口調がね、掴めないのよ(^^;)
……こんなんで、サイト一周年記念になりますか、銀月嬢?
二〇〇三年睦月上旬 月読遊






なりますとも〜v
もう、にやけ笑いが止まらないわ〜。
しかし、これで終わるのは勿体ないです。
ぜひとも続きを! そして、シリーズ化しましょう。以前に貰っている物もいずれ掲載しますわ〜v
それとも……大元の方を載せます?
私はどっちでも嬉しいですわ。

血肉沸き踊る、ある日の銀月



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