やさしい色





「じゃ、お母様、行って来ます♪」
 サリアはリュックを背負うと、困った顔でこちらを見ている母親に声をかけた。
「まぁ〜、あなた達親子には困ったものですわねぇ。あなたは一応、この国の皇女であり、お父様に至っては皇帝だと言うのにねぇ。」
「お母様っ、これは社会勉強なのよ。ずっと王宮に閉じこもっていても何も解らないじゃない?色々な事を知って良い皇女になった方が皆が喜ぶでしょ?」
 活発そうなエメラルドグリーンの眼を細めるとサリアはそのまま手を振りながら、母親の部屋を後にした。
 ―――なぁんてね。退屈な毎日なんか耐えられないわ! 夢と冒険! これが人生の醍醐味なのよ。
 そう心の中で呟くと小さく拳を握りしめた。

 ヨールシア皇国―――首都タスティ。サリアは意気揚々と通い慣れた酒場のドアを開ける。
「こんにちは! みんなお久しぶ…。」
「ちょっと困るよお客さん!!その仕事はなじみのサリアの予約済みなんだよっ!」
「そんな事知るか。早い者勝ちだろ!」
 いつもなら彼女に笑顔を向けてくれるマスターは若い男と口論していた。店内には他の客の姿は見あたらず、若い男は掲示板に張り出されていた仕事依頼の紙を左手に握りしめている。
「どうしたの? マスター?」
「サ、サリア! この人何とかしてくれよ。キミの仕事を譲れって聞かないんだ。」
 サリアは小さくため息をつくと彼女を視界の端に捕らえている若い男に歩み寄った。
「貴方ね、ここにはここのルー」
「何だ、まだ子供じゃん。こんなガキに仕事なんか務まるのかよ? マスター?」
 彼女が言葉を言い終わるのを無理矢理遮り、若い男はその茶色の瞳でサリアを値踏みしている。
 ―――ムカ。
「ここにはここのルールって物があるの。貴方は旅の人? だったら、まずギルドで冒険者の登録を」
「とっくに済ませたよ。なあ、もう良いだろ。オレにはコイツと遊んでるヒマなんかねーんだ。」
―――ムカムカ。
「だから、困るんだよ。その仕事は彼女の物なんだ。キミには譲れない。」
 去って行こうとする若い男にマスターは必死に食い下がったが、彼女はそれをやんわりと遮った。
「待ちなさいよ。」
 サリアは若い男の腕を掴む。男は当然腕を振り払おうとするが、びくともしなかった。
「その依頼書、返して。」
「嫌だ。」
 ふっと彼女の顔から怒りの表情が消え、ただ若い男の眼を見据える。
「貴方、職業は?」
「おまえに関係ないだろ。」
「私はサリア、格闘家よ。きっと貴方の力になれると思う。貴方が私に仕事の依頼を返してくれないって言うなら、仕方がないから、私も一緒に行くわ。」
「要らん。」
 ―――ブチ。
「ちょっとおぉ!! 人が下手に出ていればいい気になって!! ムキー! 許せないっ!」
「んだよ!」
 若い男は彼女の腕を振りほどき、口の中で呪文を詠唱しはじめる。すると合わせられた手の中に蒼白い光が灯った。サリアは男から十分に間合いを取り、彼に跳び蹴りをお見舞いすべく身構えた。若い男が両手を前に突き出す。サリアも勢いよく若い男に蹴りかかろうとした、その時。
「店が壊れる!! やめてくれえぇええーーー!!」
 カチカチカチッ…ドガガッ。
「へっ?」
「は?」
 若い男の氷結魔法はマスターの顔面を直撃した。
 そして、サリアの中途半端な飛び蹴りもマスターの背中を直撃していた。
 数十分後―――怪我の治療が終わったマスターはにっこりと笑顔で言ったのだ。
「…行って来い。二人で。慰謝料は高くつくぞ。」

「だいたい貴方が悪いのよ。人の仕事を横取りするようなマネをするから。」
 サリアは闇の中に淡く緑色に輝く鉱石を拾いながら、若い男に声をかけた。
 しかし、若い男には彼女の声は届いていないようだった。ただ黙々と鉱石を拾い、皮の袋に放り込んでいく。
「ねぇ、エルディ、聞いてるの?こんな私一人でも出来るような仕事をどうして?」
「妹が借金のカタに売り飛ばされたんだよ。だから買い戻すために、金が要る。」
「そっか…貴方、魔術師なんでしょう? だったら、パーティを組んでもっと大きな冒険をした方が、実入りが良いんじゃないの?」
「この街から離れられりゃあ、オレだってそうしたいさ。けどあんまり時間がない。いざとなったら。」
「いざとなったら?」
「どっかの洞窟に巣くうって言う、グリズリーでも狩りに行くさ。」
 鉱石を入れた袋が満杯になるとサリアはその袋の口をきゅっとしばって立ち上がる。
「そんな! 一人じゃ無理よ!」
「無理でも何でもやらなきゃならねーんだよ。おまえみたいなお気楽な格闘家と違ってな。」
『グァアアァア!!』
 その時、サリアとエルディの背後で何かがうごめく気配と、身の毛もよだつ咆哮が聞こえた。それは大きくまがまがしく血の匂いを漂わせている。そう、この小さな洞窟に居るはずがない生き物の咆哮だった。
「きゃああぁあぁあああ!!!」
 サリアの悲鳴が洞窟の中に響きわたる。エルディは素早く振り返り呪文の詠唱に入ろうとした、が。
「なぁんだ、ただの熊じゃない。ビックリさせないでよね。」
 その巨大な熊を目の当たりにしたサリアは先ほどの悲鳴が嘘の様にあっけらかんとしている。しかし、それとは対照的にエルディは真っ青になった。
「ばっかやろう! そいつはただの熊じゃない! グリズリーだ!! 何でこんな所に出んだよぉ!」
「えっ、う、う、う、うそーーー!! 逃げましょう! こんなレベルの高いモンスター倒せる訳ないわっ!」
「うわーーー! おまえオレのマント踏んでるっ踏んでるよ!!」
 突然のグリズリーの登場に慌てふためく二人。しかし、獣が彼らの戯れを見てどうする訳でもない。当然、襲いかかって来るのみだった。
「フランシスカーーー!!」
「助けてっ、お父様〜!!」
 青黒い毛並みが仄かな鉱石に生々しく光って見える。獣は二人に向かってその鋭い爪を容赦なく振り降ろそうとした。
 ヒュルルルル……サクッ。………ズウゥウ…ン…ッ。
 何かとてつもなく重い物が倒れるような音にサリアとエルディは恐る恐る目を開けて辺りの様子を伺う。
「あらっ?」
「ん?」
 二人に襲いかかろうとしていた獣は無惨にも頭部を斧でパックリ割られたまま、その場に倒れているではないか。
「おう!大丈夫だったか?若いの。」
 困惑している二人に手を振りながら現れた男は爽やかに笑っている。先ほどの大斧はこの男が投げた物らしかった。男の顔がハッキリして来ると、サリアは彼を指さし、大声をあげた。
「あーーーっ、お父様!!」
「お? サリアじゃないか。お前こんな所で何やってるんだ? それから、外ではお父様はよせ。パパって呼べって言ってるだろ。」
 同じオレンジ色の髪をした親子を、エルディはただボーっと眺めた。その男の見事な体つき。褐色の肌。
 そして仄暗い中でも威厳を感じさせる横顔―――頭の中で昔見た肖像画と男の顔が重なった。
「あっ! あああああっっ!!! こ、皇帝陛下!!」
 今度はエルディが男を指さし、大声をあげた。
「ば、ばか者! 大きな声を出すな!」
 皇帝と呼ばれたその男は慌ててその大きな手でエルディの口を塞ぐ。
「もー、お父様は顔が知れすぎてるから、ヤバイかもって言ったじゃない。」
 サリアは呆れたように両腕を腰に当てるとわざとらしく大きなため息をついた。
「ふ。完璧な変装だと思ったのだがな。」
「ふ。じゃ無いわよ。思いっきりバレてるじゃないの。それにこんな低レベルな洞窟にグリズリーが出たのもお父様の仕業ねっ。」
「おお、さすが私の娘だ。察しがいいな。ちょっと急所を外しておまけに逃げられてな。まあ、お前達のお陰でトドメもさせたし、お前達も九死に一生と言う貴重な経験ができた訳だ。はっはっはっ。」
 悪びれた様子もない父親にサリアの青筋は浮かび上がる一方だ。
「ぐ、ぐるじい…。」
 そして、彼の大きな手で呼吸器官を塞がれていたエルディは顔を真っ青にし、もがいている。
「おお。すまんすまん。」
 皇帝が手を離すとエルディは肩で大きく息をしながら、サリアを見た。
「はぁ、はぁ、はぁ…皇帝陛下をお父様と呼ぶって事はおまえ…じゃなかった貴方は、サリーフィリア皇女でいらっしゃるのですか?」
「…違うって言いたい所だけど。その通りよ。」
 諦めたようにサリアが言うと、エルディは心の中でガッツポーズをキメる。
「サリーフィリア様、どうか俺…じゃなくて私をあなた様付きの警護に召し抱えて頂けないでしょうかっ! もし召し抱えて頂けるのなら、今日私の見た事は記憶から消し去る事にします。誓います。」
 エルディはひざまづき、皇帝とサリアに深々と頭を下げた。
 ―――それはお願いと言う名の脅迫だったのだ。
「エルディ、貴方なかなかやるわね。」
 ひざまづいて頭を下げている彼の顔は絶対に笑っていると確信しながらサリアが言う。
「見た所、魔術師の様だな。ルックスも良いしいいんじゃないか? それ以前に、皇族がこんな所で冒険をしていると言う事が、外部に漏れると問題だ。はっはっはっ。」
 国王はあまりにもあっけらかんと大声で笑った。
「…良かったわね、エルディ。実入りの良い仕事に就けて。」
 かくしておかしな三人組はそれぞれの戦利品を酒場に持ち帰るのだった。酒場に向かう道すがら、サリアは思い出した様に呟く。
「あ、今回は儲け無しね。慰謝料払わなくちゃ。」

 王宮の中庭にある噴水の側に敷物をしいて、数人の男女が口論している。そして、それをただボーっと見つめる女性が二人。
「お父様、そこは嫌よ!! 虫類系の魔物は私的に無理なの!!」
「大丈夫だろう。私もエルディも居るのだから。は虫類も見られると平気なもんだぞ。」
「だから、オレはこっちの洞窟に行きたいってさっきから言ってるじゃないですか!!」
 淡い若草色のドレスを身にまとったサリアは力任せに地図をバンバン叩いている。
 この後、謁見を控えている皇帝は正装のまま、絨毯の上にあぐらをかいてのんきに笑っている。
 真新しい魔導衣に身を包んだエルディはひたすら自分の行きたい場所だけを主張している。
「あらあら〜、こんな事で大丈夫なのかしらねぇ〜?」
 噴水の淵に腰を下ろし、侍女に日傘を差し掛けられながら、王妃はただ呆れている。
「お金儲けなんか、どうでも良いじゃないのよ! エルディ! 妹さんは取り戻せたんだからっ。」
「おまえは皇女だから良いかも知れないけどなっ、家族に仕送りしたらオレの小遣いがなくなっちまうんだよ!!」
「うるさいわねっ! うちだってお小遣い制なのっ! 皇族だからって、何でもかんでも買ってもらえるとでも思ってるの?! おバカねっ。」
「バカって言うな!」
「はっはっはっ、仲良き事は美しきかな。だな。」
「ムキー! お父様は黙っててちょうだい!」
 太陽は西に傾きかけ、銀色だった輝きが徐々にやさしい黄金色へと変わっていく。早春の爽やかな風は甘い花の香りを庭一面にゆるい波のように広げていった。
 フランシスカは陽光が体の弱い王妃にあたらないよう気を配りながら、楽しそうな三人を眼を細めて眺めている。
「じゃあ、やっぱりココ? そしたら僧侶が要るんじゃないの?」
「そうだな。この洞窟には毒を持った魔物が出るらしいからな。」
「薬草も良いけど、魔法の方がだんぜん安上がりだっ。」
 三人の意見はどうやらまとまった様だった。地図に印をつけ、ああだこうだ言いながら話を続けている。
「あの方たちはああやって毎月冒険の予定を立てているけれど、飽きないのかしらねぇ? フランシスカはどう思います?」
 王妃は小首を傾げて兄と同じ茶色の瞳をした大人しい娘に語りかけた。
「はぁ〜、どうなんでしょうか…わたしは冒険はあまり得意ではないのですけれど…。」
 言ったと同時にフランシスカはとても嫌な視線を感じた。
「ねぇ、エルディ。フランシスカって治癒魔法使えるんだったよね?」
「ほう、兄妹して魔法が使えるとは便利だな。」
 エルディはキョトンとしているフランシスカに満面の笑みを浮かべて言う。
「フランシスカ、次の冒険一緒に来てくれるよな?」
「あら、あらあら〜、大変。」
 王妃は口元に手をあててフランシスカを振り返った。
「は、…えっ、ひえぇえーーーーーっ、それだけは堪忍してください〜〜!」
 彼女の力無い声は広い中庭に響きわたったのだった。







『月夜の訪問者』のじゅうさんから素敵な記念品をいただいちゃいましたv
3000HITのキリリクを差し上げる立場なのに、もらってしまうとは、嬉しいやら恥ずかしいやら///

ちなみに、お題は『王女と魔法使いが登場するコメディ』。
楽しいですよね、こーゆー人たち♪
おっとりなお母様に、冒険者なお父様とサリアちゃん。
妹思いで要領もいいエルディもステキです〜。

じゅうさん、これからも宜しくお願いしますねv




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