いつだって彼女の言動は突然で思いがけなくて、だから、彼はいつも振り回される。 「え……?」 思わず、キラは間抜けな顔で、画面上の少女を見つめた。 薄紅の髪の少女はにこやかに微笑んでいる。 「えーと、ラクス?」 「はい」 蒼い瞳は澄んだ輝きを帯び、一点の曇りもない。 「今、何て言ったの? ごめん、ちょっと聞き取れなかった……」 否、聞き取れはしたのが、聞き間違いであればいいと一縷の望みをかけてキラは問い掛けた。 プラントと地球。 真空の闇を隔てた距離は遠く、連絡手段は限られている。 加えて、お互いに忙しい身の上なので、こうして画面越しであろうと会って話すことはとても貴重な時間だ。 話すことは互いの近況や、周囲の人々の様子、特別な話はしない。 それでも、ラクスと話しているとキラは落ち着いて、穏やかな幸せを感じることができた。 それは時として、崩されることもあるのだが。 「ええ、ですから、キラはわたくしのことがお好きですか? と申しました」 にこりと穏やかな微笑みで、さらりと告げられ、キラは言葉を失う。 「……っ!」 聞き間違いではなかったことと、その内容を改めて認識してキラは大きく動揺した。 答えはすでに出ている。 迷いなんてない。 そんな資格はないと思い悩みもした。 だけど、その想いを否定することはできなくて、偽るにはあまりも深くキラの一部と化していた。 ただ、それとこれとは別だ。 「ラ、ラクス……」 「はい」 じっと答えを待つラクスに、キラは逃げられないことを悟った。 覚悟を決めて、真っ赤になりながら口を開く。 「…………好き、だよ」 掠れた小さな声だったが、優れた通信機能はしっかり音を拾って相手に伝えていた。 ラクスはふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。 「わたくしも、キラが好きですわ」 「!」 その微笑みの美しさと優しい声音に、キラは息を呑んで見惚れた。 「キラが、好きですわ」 何かを確かめるように繰り返された告白に、キラはかすかに柳眉をひそめる。 ラクスは微笑んでいる。 たとえ、どんなに厳しい状況に置かれようとも、ラクスは微笑みを絶やさない。 見る者の心を安らがせる微笑みは時として彼女の鎧。 「ラクス?」 問い掛けるような呼びかけに、ラクスは静かに微笑んだ。 「時間切れ、ですわね」 「え」 キラは慌てて時計を見やった。 「うわ」 思いがけず時間経っていることに驚くキラに、ラクスはくすくすと笑った。 「あまり、ご無理なさらないで下さいね」 キラは苦笑して答えた。 「……ラクスの方こそ、無理しちゃダメだよ?」 「ええ、ありがとうございます」 そして、二人は微笑み合うと、通信回線を閉じた。 「あ」 画面が暗くなって、キラは我に返った。 あの気になる微笑みの意味を聞こうと思って、上手く誤魔化されたような気がする。 「……大丈夫、かな……」 次に話す機会があった時に、聞けばいいのだろうか。 わずかな不安を覚えて、キラは自分の顔をぼんやりと映し返す画面を見つめるしかなかった。 しかし、数日後、その不安は見事に適中した。 「キラっ!!」 慌しい音を立てながら駆け込んできた金髪の少女に、キラはゆっくりと首を巡らしながら見やった。 「カガリ……せめてノックぐらい」 「んな悠長なこと言っている場合か、バカ!」 「……」 バカと貶され、キラの頬がわずかに引きつる。 「お前、知らないのか!?」 「……知らないって何を?」 「ラクスだよ!」 その瞬間、キラの顔色が変わる。 「ラクスがどうかしたの?」 緊張を帯びたキラの声音に、カガリは息を整えた。 「カガリ」 「……お前、本当に知らないんだな」 「だから、何!?」 焦り混じりの声と共にキラは立ち上がった。 カガリは何かを探るような眼差しをキラに注ぎ、そして琥珀の瞳をわずかに逸らして、手にしていた紙面をキラに押し付けた。 「カガリ……?」 「読め」 「これ、新聞……?」 カガリは小さく頷いた。 「プラントの」 「何で、ここに」 「情報収集の一環だ! そんなことはどうでもいいから読めよ!!」 ドンと押し付けられた新聞を手に取り、キラは紙面に大きく書かれた文字に絶句した。 『プラントの歌姫、電撃結婚!?』 一瞬、キラの思考が停止する。 「…………何、これ……」 思わず、呟いて続きの文章に目を通す。 内容は最近ラクスの近辺が慌しいこと、どこぞの某が縁組を打診していることなどが書かれていた。 「キラ、最近ラクスと連絡取ったか?」 カガリに問われて、キラは緩慢に頷いた。 「うん……でも、こんなこと一言も言ってなかったよ……」 というか、これは何かの冗談かデマではないのか。 「変な様子も?」 「変、って……!」 その瞬間、キラの脳裏にラクスの微笑が蘇る。 さっと顔色を変えたキラの反応に、カガリはすぐに察して琥珀色の双眸を険しくさせる。 「あったんだな?」 「あ、でも……はっきりと変だった訳じゃ」 「キラ!」 カガリは厳しくキラを睨みつけた。 「他の誰でもないお前が変だと思ったんなら、ソレは変なんだよ」 ラクスの心の機微に一番聡いのはキラだ。 そう確信を込めて、カガリは断言する。 「でも、ラクスが結婚なんて」 いくら何でも黙っているとは思えない。 「でもでも、煩い!」 カガリは大きな声で一喝した。 「いいか、言えなかったってこともあるだろう!」 「言えなかった……?」 カガリは大きく頷いた。 「あまりにも急すぎて、何らかの作為を感じる」 「?」 カガリの言葉を理解できず、キラは目を瞬いた。 その鈍い反応に、カガリは苛立ちながら説明した。 「あのな、こんな風に新聞にデカデカ載るってことはそれなりの裏付けがなきゃ無理だ。下手に書いたら、名誉毀損なり何なりで大問題になる」 ましてや、ラクスはプラントでも人気のある歌姫で、昨今では和平使節団の代表として政治面でも活躍を見せているのだ。 「つまり、この記事には信憑性がある。でもって、こんなことラクスが望むとは思えない」 前半の言葉はともかく、後半には同感の意を込めてキラは頷いた。 「だから、これは」 「これは?」 カガリは力強く断言した。 「政略結婚だ!!」 再び、キラの思考が停止する。 「政略、結婚……?」 キラの呟きに、カガリは頷いた。 「その可能性が高い。ラクスの立場からすれば、そういった話があったっておかしくないだろう?」 確かに、その通りだった。 ラクスとアスランが婚約していたのは当時の婚姻統制によるものだったが、そこに政治的意味がなかったとは考え難い。 戦時中に解消されたのも、そういった都合もあったはずだ。 しかし、キラはどこか虚ろな笑みを浮かべて言った。 「でも、あのラクスだよ?」 深窓の令嬢そのもののイメージのラクスだが、その内面は冷静な聡明さを持ち、時に思い切った決断で行動を起こすことがある。 状況に流されてしまうような少女ではない。 その言葉に、カガリは眉をひそめた。 「じゃあ、放っておくのか」 そして、流れる沈黙。 それを破ったのはキラだった。 「行ってくる!!」 そのまま、駆け出していくキラに、カガリは叫んだ。 「チャーター機用意させておくから、しっかりやれよッ!!」 深い溜め息が無意識のうちに彼の口から零れた。 「あぁ、もう何だって、次から次と……」 ふと視線をやれば、そこには重々しい扉。 多くの記者が話題の人物の登場を目の前にして、賑やかに騒いでいる。 後、数十分もして何もなければ、すべては恙無く終わるはずだ。 ふと、自身の腕時計を見やった時だった。 「ダコスタさん、ラクスは!?」 切羽詰った声に、彼――ダコスタは咄嗟に答えていた。 「ラクス様なら、今記者会見の最中で……って!?」 返事の途中で、ダコスタは顔を上げて声の主を見た。 しかし、そんなダコスタに構うことなく、声の主は扉を開け放つ。 「ラクス!!」 強い響きに、呼ばれた少女が壇上から振り返った。 驚きに瞠る蒼い瞳。 そこに映る自身の顔。 「キラ!?」 失えない。 失いたくない。 その思いだけを胸に、キラは口を開いていた。 「僕と結婚しよう、ラクス」 その瞬間、ラクスは嬉しそうに華やかな笑顔を浮かべた。 「はい!」 そして、ラクスとキラはしっかりと抱き合った。 強い安堵と幸せがキラの心を満たす。 次の瞬間だった。 激しい閃光が幾つかも降り注いで、キラは我に返った。 「…………え?」 光の眩しさに双眸を細めながらも、キラが見た光景はキラとラクスにレンズを向けてひたすらシャッターを切る撮影陣だった。 硬直したキラとは対象的に、ラクスはするりと身を翻して、にこりと微笑んだ。 「皆様、改めてご紹介致します。彼がわたくしの婚約者のキラ・ヤマトです」 盛大などよめきと共に嵐のように質問が降りかかる。 キラは耳を疑って、ラクスを思わず見やった。 「ラ、ラクス……?」 「はい?」 ラクスはニコニコと笑っている。 「あの、これって……?」 「記者会見ですわ」 その瞬間、キラの表情が引きつった。 「記者会見って、何の……?」 半ば確信を込めた問いだった。 「先日報じられました記事に対する会見です」 その言葉に、キラはすべてを察した。全身から力が抜けていく。 「ラクス……」 「はい?」 「騙したね?」 「まぁ」 ラクスはくすくすと笑って小首を傾げた。 「わたくしは何も嘘は言っておりませんわよ」 確かに、そうかもしれない。 だが、仕組んだのは間違いなく、傍らの少女だ。 新聞の記事も、この記者会見も。 そして、恐らく、キラが気にかけた微笑みも。 キラはまんまとラクスの罠に嵌ったのだ。 それが分かっても、今更どうしようもない。 キラは自分が言った言葉を思い出して、顔が火照ってくるのを感じた。 恥ずかしさのあまり、俯いてしまう。 「どうして、こんな……」 ラクスはかすかに苦笑した。 「キラ」 緩々とキラは顔を上げた。 その紫の瞳に戸惑いと羞恥はあっても、怒りの色がないことに安堵して、ラクスは微笑んだ。 「キラが来て下さって、本当に嬉しかったです」 そして、ラクスは蒼い瞳でキラを見つめて告げた。 「ご存知でした? キラが思うより、わたくしはキラのことが好きですのよ?」 いつだって彼女の言動は突然で思いがけなくて、だから、彼はいつも振り回される。 けれど、それでも、彼は幸せだったりするのだから、世の中、上手く回っているのだ。 |
テーマは「黒いラクスにはめられるキラでラクキラ」。 ラクス、とりあえず策略家です。確信犯です。 キラ、まんまと引っかかっていますよね。 最初は告白させようかと思ったのですが、それじゃインパクトにかけるってことで、プロポーズに。 でも、やっぱり二人はバカップル……。 ご希望に添えられましたでしょうか。 inuさん、申告とリクエストありがとうございました〜。 |
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