男女平等のススメ





 数百年前、世界は統一された。
 世界統一国家『らく』。
 その名の許に数々の国家がその権力を失った。
 そして、世界は平和な時代を迎え、争いは消えた――表向きは。
 珞成立から数年後。
 発見されたブラックホールに似た空間の穴の向こうに異世界が発見された。
 珞政府は調査の結果、その異世界には知的生命体が存在することを知った。
 だが、彼らの性質は残忍にして凶暴であり、その力は想像に絶するものがあった。
 『時空の穴』を通じて、珞に来る彼ら――『魔』に対抗すべく政府は一つの組織を作り上げた。
 人の中に稀に異能の力を持って生まれる人々を集め、魔と戦うための設立された組織――『摩薙まなぎ』。
 『魔(摩)を薙ぐ者』と意味する名称で呼ばれる彼らの戦いは数百年経った今も尚続いていた。






 『珞』東方区域――かつて日本と呼ばれた島国の近くに、その島はあった。
 霧生島きりゅうじま
 人口約二百人しかいない小島である。
 その島は昔から深い霧が発生する場所で、島の名前もそこから来ていた。だが、ある時を境に――一説によると、気候の変化により――霧が生じることがなくなった。
 それが約一ヶ月前、広範囲の霧が発生した。
 霧が発生した以後、島民たちは体の不調を訴え、何人かが衰弱死に至るまでに及んだ。
 以上を察した珞政府は内密に調査を進め、事態の原因が『魔』にあると結論づけた。
「――以上が、現在に至るまでの事情です。ここまでに、何か質問は?」
 そう尋ねたのは細い眼鏡をした妙齢の女性だった。
 皺一つないグレーのスーツを来た女性は凛とした佇まいで、どこか冷ややかささえ感じられた。
「おぉ、ある」
 軽くヒラヒラと手が上げられる。
 女性はゆっくりと視線を動かした。
 動き易そうなジーンズに、Tシャツを着た大柄の青年が人懐っこそうな笑みを浮かべて手を上げていた。バンダナを頭に巻き、火の灯った煙草を口に咥えている。
「……では、どうぞ、サンド音村ねむら
 摩薙には階級が存在する。
 最上位のマスターに続いて、ジューン、サンド、フォース、フィルザート、シックダストと続く。
 音村がい――二十歳に満たない彼が第三位階級サンドになったのは摩薙の長い歴史の中でも特に珍しいことだった。
 もっとも、彼の身近には、彼以上に『珍しい』サンドがいたし、そういった些細なことを気に留めるような性格もしていなかった。
「なんで、俺たちだけなんだ?」
 通常、魔を倒す――浄化の際には実行指揮官である上位の摩薙ジューン、もしくはサンドが一名、下位の摩薙であるフィルザートが数名補佐について行なうことになっている。
 ところが、今回の浄化ではサンドである皚と貴人が二人、そして、目の前の女性だけだ。
 補佐としているはずの他の摩薙たちがいない。
「それは俺も訊きたい。それに、サポートが妖しであるあなたであることも説明してもらう」
 否とは言わせない響きで告げたのは長身の青年だった。
「サンド護塚もりづか……」
 長身の青年――護塚貴人たかとは怜悧な容貌で鋭く女性を見据えた。
 初めて、女性の顔にわずかな動揺が過ぎる。
 貴人の瞳は菫色――本来、人間の持ち得ない色だ。
 あやかし――世界に古くから存在する人ならざるものたちにして、現在友好関係にある存在と人間の間に生まれた、皚曰く『珍しい』サンドが貴人だった。
 貴人の鋭い視線をわずかに逸らし、女性は冷静な声で答えた。
「今回の件は妖しが深く関与しているのです」
「妖し?」
「そうです」
 一つ頷いて、女性は続けた。
「今回の魔はレベル3の水魔すいま、その水魔と妖しが同化しているのです」
「同化だと?」
「はい」
 魔の中には宿主を必要とする者もいる。今までに何度か例があるが、その宿主は人間だ。
 貴人は思わず眉根を寄せた。
「じゃあ、あんたはその妖しを内緒で助けるためにココに来たって言うのか?」
 その在り方と力を考えると、妖しは人間より魔に近い。それゆえに、妖しと魔を混同しやすい。もちろん、本質的には大きな差異がある。だが、それをすぐに見極めることは難しい。
 それゆえに、妖しの存在は秘密裏にされ、世間の人々は知らない。
 友好を結び、協力関係にある摩薙においては例外だが。
 皚の当然の疑問に、女性はちらりと視線をやった。
「いいえ」
 細い眼鏡から覗く瞳を細め、女性は淡々と告げた。
「我が王より、かの者に関して一切関与しないと」
「……つまり、何だ?」
 不穏な言葉に、皚は聞き返した。聞いていて気分の良い話ではないと語るかのように表情が硬い。
「見捨てたってか?」
「皚」
 貴人は一言口を挟んだ。
「そんな単純な話ではないだろう」
「いいえ、その通りです」
 無情にさえ見える女性の態度に、貴人と皚は無言になる。
「問題の妖しに対して、私たちは裁かれるべきだと判断しました」
 ほんの数瞬、女性は瞳を伏せた。
「魔の関与があったとはいえ、かの者は自らの振る舞いを省みず、人間を憎み、殺害にまで及びました。これは、許されません」
「……何があったって言うんだよ?」
 女性は無言で古い巻物を差し出した。
 反射的に受け取った皚は巻物を開いた。しかし、次の瞬間、難しい顔をして唸り出す。
「皚?」
 それほど重要な何かが書かれているのかと言葉少なに貴人が尋ねた。
 皚は難しい表情のまま、顔を上げ、不意に笑った。
「読めねぇ」
 しばしの沈黙の後、貴人は思わず額を抑えて嘆息していた。
「……貸してみろ」
 皚の手から巻物を受け取った貴人は素早く書面に視線を走らせる。
「何が書いてあるんだ?」
 貴人は巻物に書かれている内容の要点を拾い上げて答えた。
 その昔、霧生島と呼ばれる謂れとなった霧が出ている時、海には異形の物の怪が現れるという。
 物の怪を見た者の中には気が狂う者も現れ、島の人々は高名な僧を招き、物の怪を鎮める儀式を行なった。
 それ以後、島に霧が発生することも絶え、物の怪の姿を消え失せた。
「……この物の怪が、今回の妖しか」
「はい」
 一つ頷き、女性は補足説明をした。
 僧侶が行なった儀式は妖しを封じるためのものだった。だが、水魔はその封印を解き、自分を封じた人間たちへの怒りを助長させたのだ。
 人間を嫌う妖しもいる。
 だが、そんな彼らは人を傷つけてはならないとする王の命に従い、人と離れ、天空に浮かぶ都市『せい』に移住していた。
 その妖しは目覚めた時、移住することができた。だが、それをせず、魔を受け入れた。
「……俺たちは魔の浄化をする。それだけだ」
 貴人の言葉に、女性は頷いた。
「それで結構です」
 そして、女性は表情を改めた。
「では、こちらを」
 貴人は目の前に差し出された紙袋を凝視した。
「何だ」
「敵を誘き出すのに必要だと王より託されました」
 半ば押し付けるように紙袋を渡し、女性は事務的に続けた。
「お手伝いしましょう」



 数秒後。



「何だ、これは――!?」
 激しい憤りに震えた声と爆笑が放たれた。
「何を考えているッ!?」
 険しい表情のまま、貴人は女性を睨みつけた。
 その姿は怒れる迫力美人――否、美女だ。
 整えられた髪は梳かれて崩されている。
 紙袋の中身は女物の衣服。しかも、サイズは貴人に誂えたかのようにぴったりだ。
「何を、とは? 先ほど説明したかと思いますが」
「これのッ、どこがッ、誘い出すのに必要なものなんだ!?」
 当然の疑問だった。
「かの者の憎しみの対象は美しい女性とのことですから」
「だから!」
 そうしている間にも、爆笑は途切れる様子がない。
「皚、お前も笑うな!!」
「やッ……笑うなってのが、ムリ! ……ぷっ、……くっ!」
 抑えようとしても押さえ切れない笑いに、皚は顔を背ける。
「ッ!」
 羞恥と怒りに貴人は肩を震わした。
「それなら、俺じゃなく、お前でもいいだろう!」
 表情一つ変えない女性に叫ぶと、相手は冷淡に答えた。
「私ではかの者に罠だと気づかれます。面識はありませんが、同胞ですので」
「だったら、別の人物を!」
「現在、摩薙には実戦に立てる女性はいないと伺っています」
「ッ!!」
 事実なだけに、貴人は言葉を失う。
「そ、そりゃ、貴人ぐらいだろうなぁ。……ぷっ、に、似合い」
「言うな!!」
 容赦のない鉄拳が皚の鳩尾を捉える。
 普段なら避けることができた皚だったが、笑っていたためにまともに受けることになった。
「うぐッ!」
 荒い呼吸を繰り返す貴人に、無情な一言が届く。
「……他の摩薙たちがいた方が良かったですか?」
「!」
 たった三人で浄化という、この厳しい状況。
 だが、それでも、こんな姿を見られることに比べたら――。
「ま、まぁ、大丈夫だって……。ちゃんと守ってやっから」
 目尻に涙を滲ませながら、皚が貴人の肩を軽く叩いた。
「いらん世話だ!」
 そして、貴人は据わった眼差しで宣言した。
「さっさと倒すぞ!!」
 貴人の熱い宣言は現実のものになった。
 戦闘開始から、わずか数分。
 異例の速さで、浄化は完了したのだった。



 数年後、若い少女が摩薙に入ることになった時、貴人は率先して支援し、自ら厳しいまでに教え込むことになる――。






リクエストは『男同士の友情(+貴人と皚で)』。
高校時代のネタを引っ張り出し、唸りながら書いただけに妙な仕上がりに。<汗
どうも、重点が違うところに向いたみたいで、どこが友情なんだろう。
それに、一体、何年ぶりだろう、この二人動かすの。

なので、性格が違っても許して下さい。
だって、ホラ、若いし? まだ未熟だし?
だから、うかうかと貴人は女装されちゃったんですよ〜。笑


これからも、ヨロシク、月読さん!





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