Loving Liar




 軽快に廻っていた車輪が不意に止まった。
 急な停止によって生じた振動に、眉をひそめ、彼は顔を上げた。
「何事だ」
 答えは馬車の外から届く喧騒だった。
 鋭い剣戟の音。
 罵声交じりの声。
 荒々しい馬の嘶き。
 馬車を囲むように守っていた護衛隊と襲撃者たちが争っているのだ。
(またか……)
 物心ついた頃には暗殺は日常の出来事だった。否、正確には弟が生まれた時からだ。
 彼は第一王子だが母親が第二妃、弟の母親は第一妃だ。
 血統を重んじる城の老人たちは彼を退け、弟を王位に継がせたいらしい。
 ちなみに、義母と異母弟とは円満である。
 つまり、煩いのは周囲なのだ。
 本当に煩い。
「無粋な連中だ……」
「彼らを無粋と言うなら、貴方は不謹慎です」
 刺々しい声が体の下から聞こえた。
 視線を落とせば、そこには険しい顔つきの美女。
 見上げてくる鋭い琥珀の瞳は熱を帯び、鮮やかな緋色の髪は抑え付けられているせいか、わずかに乱れている。形の良い唇は濡れて、まるで誘っているようだ。
 否、それは彼の都合の良い錯覚だったのかもしれない。
 唇に触れる理由が必要で。
「殿下」
 呼びかける声音には苛立ちと憤りが宿り、組み敷いた体は少しでも力を抜けば、すぐにでも抜け出そうとしている。
 わざとらしい溜め息を吐き、彼はゆっくりと身を起こした。
 押さえつけていた手を取り、軽くくちづけ、彼は微笑みを相手に向けた。
 大抵の女性なら蕩けてしまうような微笑みを冷ややかな眼差しで一蹴し、美女は自らの手を引き戻す。そして、やや乱れた着衣を整え始めた。
 深緑を基調とした武官の服は美女の女性らしさを封じてしまうが、その凛とした気高さを際立てるには充分な役割を果たしている。
「エディリア」
 名を呼ばれ、美女――エディリアはちらりと彼を見やった。
「……宜しいですか、ヴィンセント殿下? 私は貴方の護衛官として同乗しているのであって、貴方の暇潰しのためではありません」
 言いながら、エディリアは座席の下に落とされていた細身の剣を身につけた。
「暇潰し?」
 唐突に腕を掴まれ、エディリアは射抜くような視線を主君に注いだ。
 それを受け止め、ヴィンセントは紫の瞳で愛想のない恋人を見据えた。
「私が、暇潰しで君に手を出すと本気で思っているのなら怒るよ?」
 掴まれた腕を見つめ、エディリアは内心溜め息を吐く。
(暇潰しであれば良かったのに――)
 そうであれば、この手を振り払うことができるのに。
「……ともかく、外に出ます。殿下はこのまま車内にてお待ち下さい」
 ヴィンセントは腕を離し、柔らかな声で呼びかけた。
「エディリア」
「何ですか」
「私も出よう。その方が早く片付くだろう」
 優しく微笑みかけるヴィンセントにエディリアは柳眉をひそめた。
 青銀の髪に紫の瞳の美麗な容姿をしているが、ヴィンセントは第一級魔術師の資格を持っている。その戦闘能力は非常に高い。
 エディリアが止めるより早くヴィンセントは馬車の開き戸を開ける。
「殿下!」
 次の瞬間、扉に数本の矢が突き刺さった。
 軽く目を瞠り、次いでヴィンセントは泰然と笑った。
「惜しいな」
 そして、ヴィンセントは馬車から降りると同時に襲いかかってくる刃を躱した。
 襲撃者は刃を切り返す。
「バカなことを言ってないで下さい!」
 後を追って降りて来たエディリアがその刃を細身の剣の柄で受け止め、そのまま腹部に蹴りを入れ、弾き飛ばした。
 ヴィンセントの死角を守るように立つエディリアにヴィンセントは静かに微笑んだ。そのまま、流れるように呪文を紡ぎ出す。
 ヴィンセントの周囲で、淡い光が集束する。
 その足元にぼんやりと生じるのは複雑な魔術文字と数式が描かれた魔法陣。
 空気が密度を増した。
 薄く瞳を伏せ、詠唱を続けるヴィンセントのわずかな隙を狙って飛来する矢をエディリアが剣で弾く。
 そして、雷光に似た一瞬の輝きを放ち、魔法は完成を迎えた。
「退け!」
 ヴィンセントの一声に弾かれ、戦っていた護衛隊の兵士がその場から飛び下がった。
 次の瞬間、ヴィンセントの長衣が風もないのに大きく広がった。
 ゆっくりと差し向けられた手のひらから稲妻に似た魔力の閃光が放たれた。
「――!!」
 突如、全身を貫いた衝撃に、襲撃者たちは絶叫を上げ、次々と倒れていく。
 光と絶叫が同時に消えると、すべてに決着がついていた。
「まぁ、こんなものだろう」
 痙攣して倒れ伏した襲撃者たちを睥睨し、ヴィンセントは傍らに控えるエディリアに薄く笑いかけた。
 その笑みを見て、エディリアは小さく嘆息した。
 何を求められているのか、理解できてしまう自分が少し恨めしい。
「……お見事です」
 ヴィンセントはふわりと微笑んだ。
 嬉しそうに満足げに頷く主君に、エディリアは本気で頭痛を覚えた。
(子どもですか、貴方は)
 エディリアの記憶違いでなければ、目の前の青年は兄と同年代であるはずだ。
「エディリ」
 更に調子に乗って何かを言おうとヴィンセントが口を開こうとしているのを認め、エディリアは咄嗟に機先を制した。
「何をしている! 捕獲して、残党がいないか確認しなさい」
 魔法の威力に心奪われていた護衛隊の面々がエディリアの涼やかな声に打たれ、我を取り戻す。そして、慌てて動き出した。
「――何ですか、殿下」
 エディリアが尋ねると、間を逃がしたヴィンセントは唸るような声を零した。
「あぁ……うん、何でもない」
「では、馬車にお戻り下さい」
 職務に忠実なエディリアに溜め息を零し、ヴィンセントは馬車の中に戻ろうとした。
 その瞬間。
 エディリアに弾き飛ばされた襲撃者が最後の力を振り絞るように短剣を放っていた。
 鋭い煌きが向かう先を理解するより早くエディリアの体は動いていた。
「ッ!」
 それは一瞬の判断だった。
 視界の隅で庇うように立つエディリアを認めた瞬間、ヴィンセントは咄嗟に手を伸ばしていた。そして、腕を掴むと同時に自分の体ごと引き倒す。
「なッ!?」
 思わぬ行動にエディリアは態勢を崩した。宙を泳ぐ腕を掠めて短剣が馬車の上部に突き刺さる。
 遅れて、鈍い衝撃が襲った。
 だが、痛みはない。
 背後から抱き締めるように回された腕に、エディリアは一気に状況を理解した。
「!!」
 慌てて身を起こして、エディリアは鈍痛に顔を歪めた主君を見下ろした。
「……エディリア、君は無事か?」
「貴方という人は何を考えているんですか!?」
 護衛官を庇う人間がどこにいるか。
「……その様子だと大丈夫そうだな」
「殿下!」
 強い声に、ヴィンセントは薄く笑い、次いで低く呻いて意識を失った。
「殿下!?」
 さっと青ざめ、エディリアは肩を震わした。
「こ、の……だから、貴方は!!」
(考えなしだと言うのよ――ッ!!)
 ぎりぎりと唇を噛み締め、荒れ狂う感情を宥めつつ、エディリアは行動を開始した。
 襲撃者の捕獲と連行を護衛隊の半数に任せ、その半数と一緒に城下にあるヴィンセントの私邸に向かったのだ。
 意識のない主を連れ帰って来たエディリアに邸の人間は飛び上がって驚いたが、静かなるエディリアの気迫に呑まれ、従順に命令に従った。
 即ち、口の堅い医師を呼び、城に務めている彼女の兄オーディウに連絡を取ること。
 医師はすぐさま飛んできた。
 そして、慣れた手つきで診察をすると、からからと笑って告げた。
「脳震盪と軽い打撲ですな。命には関わりますまい」
 医師の判断を聞いたエディリアは張り付いたような笑みで頷いた。
「そうですか。ありがとうございます」
 命に関わってたまるか。
 エディリアの据わった眼差しに気づいたのか、医師はわざとらしい咳払いをして、そそくさと退去を申し出て去っていく。
 こういった状態の女性が恐ろしく怖いのは彼の妻で充分思い知っていた。
 そして、医師がいなくなり、一人だけ残されたエディリアは深い溜め息を吐いていた。
「バカじゃないかしら」
 どいつもこいつも、揃いも揃って、バカばかりだ。
 こうして、この部屋にいる自分自身も含めて。
 ゆっくりとエディリアは視線を彷徨わせ、傍らの寝台に横たわっている青年を見やった。
 中でも、最大級の大バカはこの男だ。
 再び蘇ってくる憤りを落ち着かせるため、エディリアが瞳を閉じて溜め息を吐いた瞬間だった。
 ヴィンセントが小さく呻いて、ぼんやりと瞳を開けた。
「お気付きになられましたか、殿下?」
 やや覗き込むような形で、エディリアが声をかけると、ヴィンセントはまじまじと見つめてきた。
(……?)
 かすかな違和感を覚えた瞬間だった。
 視界が廻る。
 とさりと柔らかな布の衝撃に我に返って、エディリアは状況を理解した。それとほぼ同時に両手を顔の前に差し出し、急接近していたものを押し留める。
 琥珀の瞳を瞠り、エディリアは思わず心の内で自分の反射神経を褒め称えた。そして、手を押し付けれ、不快そうに眉をひそめている端正な顔を睨み、努めて冷静さを装った。
「止めて下さい、殿下」
 ぎしりと二人分の重みに、寝台が軋む。
 じわじわと背に伝わる汗を感じながら、エディリアは必死で自らを叱咤した。
(負けるな)
 ここで流されたら、後で後悔する。
 絶対に、後悔する。
 不意に、ヴィンセントは薄く笑った。
 次の瞬間、手のひらに明らかな意図を持って、唇が触れた。
「ッ!」
 その感触に一瞬エディリアが怯んだ隙を突いて、ヴィンセントは彼女の手首を片手で掴み、頭上の枕元に縫い止めるように押し当てた。
「殿下!!」
 咎める声に重なるように扉が勢いよく開いて、慌てた様子の声が届いた。
「エディリア、殿下が倒れたと」
「ッ!?」
 聞き覚えのある声に、エディリアは固まった。
 身を捩り、視線だけ扉の方へと向けると、そこには一人の青年が立ち尽くしていた。
 少し乱れた褐色の髪に、銀縁の眼鏡の向こう側にある、驚きに見開いた琥珀の瞳。
 オーディウ・クレイシス――エディリアの兄にして、ヴィンセントの友人。
 オーディウは押し倒されている妹と押し倒している親友の姿に、しばし唖然とし、そして、おもむろに首を傾げた。
「三十分で足りる?」
 言葉の向かう先は妹。
「それは私の腕の見せ所だな」
 飄々と嘯くのは彼の親友。
 次の瞬間、エディリアは激情に駆られていた。
 瞬間的な放った激しい抵抗はヴィンセントの拘束を振り切り、エディリアは主君の体を強かに蹴り、打ち据え、跳ね起きるようにして、寝台から距離を取る。
「兄上ッ! ふざけるのもいい加減にして下さい!」
 詰め寄る妹に、オーディウは笑いかけた。
「え、別にふざけてないよ?」
「尚更、悪いですッ!」
 激昂して殺意さえ込めて睨む妹を見て、その兄は思わず苦笑した。そして、寝台に沈んでいる親友に声をかけた。
「殿下〜? 大丈夫〜?」
「……大丈夫そうに見えるか」
 うつ伏せになったまま、返って来た低い答えにオーディウは笑った。
「忍耐力鍛えなきゃダメだよ。我が妹ながら、ちょっと感動的なくらい真面目なんだから」
 思わず、エディリアはふるふると拳を握り締めた。
 違う。兄たちが不真面目なだけだ。
 真面目そうなオーディウも人を食ったような性格をしているヴィンセントと長年付き合えるだけ、かなり個性的な性格をしていた。
 その彼らに比べれば、エディリアが真面目なだけである。
 オーディウの言葉に、ヴィンセントの肩が揺れた。そして、緩慢な動きで顔を上げた。
「……妹? そこの乱暴な女が?」
 ひどく驚いた様子の親友に、オーディウは笑みを浮かべたまま、凍りついた。
 エディリアはわずかに柳眉をひそめ、ヴィンセントを見やる。
「……もしも〜し? 殿下?」
「オーディウ、その手は何だ?」
 不可解そうに眉をひそめ、思わず額に手を当てている親友をヴィンセントは睨み付けた。
「えー、だって、殿下が変なこと言うから」
「何が変だ」
「エディリアのこと知らないようなこと言ってるし」
「知らんぞ、私は。……そういや、お前、背が伸びたか?」
 オーディウは手を引いて、自らの顎に移し、乾いた笑みで首を傾げた。
「……いや〜? 成長期終わっているし、伸びてないと思うけど」
 そうしているうちに、ヴィンセントは訝しげな顔になる。
「どうも変だな。オーディウ?」
 説明を求めてくるヴィンセントに、オーディウは小さく溜め息を吐いた。
 非常に嫌な予感がした。そして、それは恐らく外れていないだろう。
「……ちなみに、殿下、今年が何年だか言える?」
「何を言い出すかと思えば」
 憮然としながら答えようと口を開いたヴィンセントだったが、次の瞬間、柳眉をひそめた。
「ん……?」
 ヴィンセントはすぐに答えない自身に疑問を覚えた。
 そんな疑問に答えるかのように、オーディウは弱々しく微笑む。
「一時的な記憶障害、かな?」
「……記憶障害、ですか」
 冷静な声に、オーディウは溜め息を吐きながら振り向いた。
「エディリア〜、どうしよう〜?」
 次の瞬間、オーディウは青ざめた。
 エディリアは薄く微笑んでいた。琥珀の瞳が物騒な光を宿して、輝いている。
「エ、エディリア?」
「記憶障害、記憶障害ね……綺麗さっぱり人のことを忘れておいて、なのに……」
 ふっとエディリアは華やかに微笑んだ。
「目が覚めて早々、押し倒すとは」
 静かに、まるで津波が来る前に波が引いていくように微笑みが消える。
 そして。



「この色情魔――ッ!!」



 鋭い金属音が走り、空を斬る音がした。
 咄嗟に、オーディウはエディリアの腕を抑えた。
 今にも振り下ろされようとしていた刃が危うい輝きを反射する。
「エディリア、エディリアってば!! 落ち着いて、落ち着いてッ!!」
 必死に呼びかけ、冷静さを取り戻させようとオーディウは取り縋った。
(ああ、もう、殿下。殿下ってば、一体何してたのさ〜)
「離して下さい、兄上。これは当然の報いです」
 険しい表情とは対照的な、一転して冷徹な声に、オーディウは心の中で訴えた。
(殿下……そりゃ、焦っていたのは分かるけど何事も適度って言うものがあってだね)
 衝撃的な出会いから、ひたすら口説いて口説いて、傍から見ているこちらの方が涙するくらい口説いて、ようやく望んだ関係になって嬉しかったのは分かるが。
(嫌気がさされては意味がないよ……!)
 エディリアがヴィンセントの護衛官になったのも、ヴィンセントが手を回したからだ。その上で、何があったのかオーディウはおぼろげに察していた。
 ここに来て、エディリアの我慢に限界値を振り切ったようだ。
 気は強いエディリアだが、普段はめったに感情的になることがない。それが、この有様だ。
 よほどのことがあったのか、それとも積み重なったのか。
 頭の片隅で、冷静に判断しながら、オーディウは事態をいかにして収めるか考えた。
 しかし、そんなオーディウの努力を無に帰すような一言が届く。
「……仮にもクレイシス家の令嬢でありながら、刃を振り回すとは本当に物騒な女だな」
 ぴたりとエディリアの動きが止まる。
 そして。
「兄上、離して下さい」
 先ほど幾分か落ち着いた声音に、オーディウは緩々と掴んでいた手を離した。
 エディリアは自由になった腕を抜き身の剣ごと下ろすと、静かにヴィンセントを見据えた。
「――恐れながら、殿下」
 ゆっくりと口角を上げ、エディリアは続けた。
「私は現在貴方の護衛任務を拝命している武官です」
「護衛が私に刃を向けるのか」
 ヴィンセントは皮肉交じりの笑みを投げかけた。ごく自然と組まれた両手の裡では発動寸前の魔法が留まっていた。
「バカは死なないと治らないと聞いたことがありますので」
 あっさりと返され、ヴィンセントは軽く目を瞠った。
「バカ……?」
「ええ、バカです。それも、あらゆる意味での」
 エディリアは真面目に頷いた。そして、不意に、ふっと薄く笑んだ。
 それと同時に、剣を握る手が閃く。
「!?」
 ざくりと思い切りの良い音がした。
 目の前で起こったことに、魔法を発動させようとしていたヴィンセントの思考が停止する。
 はらはらと細い緋色が流れ落ちる。室内を照らす灯りの輝きを受けて、煌くそれは美しかった。
 深い憤りの光が宿る琥珀の瞳は力強く、圧倒的な真っ直ぐさでヴィンセントを射抜く。
「ッ!」
 目を逸らすことができない。
 心の奥底から沸き上がる衝動に、全身が熱を持つ。
 それは閃光のような衝撃だった。
 絶句して茫然となるヴィンセントを見て、エディリアは婉然と華やかに微笑んだ。そして、左手で掴み、断ち切った髪を彼の目の前に落とした。
「今後、私を女扱いなさる必要はありません」
 そして、エディリアは剣を収め、毅然とした態度で颯爽と去っていく。
 その姿が完全に扉の向こうに消えて、たっぷり数十秒経ってから、ヴィンセントは緩々と首を巡らして、同じように立ち尽くしている親友を見やる。
 その顔は蒼白だ。
 まるで致命傷を受け、瀕死のような風情で、ヴィンセントは口を開いた。
「オーディウ……」
 呼ばれたオーディウは無言で顔を向けた。
「どうしてだろうな? まるで絶縁状を叩きつけられたような気分なのは」
 弱々しく微笑むヴィンセントに、オーディウは何かに気づいた様子で溜め息を吐き、あっさりと答えた。
「っていうか、ほとんどソレだと思うけど」
 思わず、ヴィンセントは寝台に突っ伏した。
「オーディウ!」
「あのね、殿下?」
 オーディウはニッコリと笑った。
「僕だって、怒っているんだよ?」
 恋人を守りたい気持ちは同じ男として分からなくはない。だが、自らの立場を省みなかったことに関してはエディリアの憤慨も理解できるのだ。
「その上、記憶が混乱していたといえ、あの態度だし」
 その瞬間、ヴィンセントは頭を抱えて唸った。
(……信じてもらえるだろうか)
 つい、さっき思い出したと。
「絶対ムリ。殿下、そういう信用なさそうだから」
 言葉に出したつもりはない独白に返って来た言葉に、ヴィンセントは顔を上げた。
 オーディウは平然と続けた。
「そういう意味でしょ、今の反応」
 嫌そうに顔をしかめ、ヴィンセントは親友を睨み付けた。
 しかし、オーディウはへらりと笑って躱す。
「で、どうするの?」
 ヴィンセントは表情を歪めたまま、無言で寝台から降り立ち、部屋を出ようとする。
「あ、行くんだ?」
 軽い声音に、ヴィンセントはじろりと冷めた眼差しで応えた。
「当然だ」
 こんなことで手放してたまるか。
 どれほどの想いで、欲していたか。
 口説き落とすまでの焦燥と不安を思い出し、ヴィンセントは唇を噛み締める。
「殿下、顔色悪いけど」
「ッ! 煩い!!」




 ヴィンセントが最愛の恋人の誤解を解くことができたのは約一ヶ月後のことであった。







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